冷静沈着




 「ルック! さあ行こう」
 「いきなり何言ってんの。暑苦しいんだけど」
 ビクトリア城。
 ホールに入りすぐの石版の前で。
 いきなりハイテンションの軍主に緑の僧衣を纏った風の魔法使いは不機嫌さを隠しもせず、厭そうに目線を寄越した。
 「大丈夫! 今日は涼しいよ!」
 がしっ。
 目を無駄にきらきらさせてぐいぐいそのままひっぱっていこうとする。
 「ちょっ……離しなよ。大体なんで僕が行かなきゃいけないのさ。熊でも青いのでも連れて行けばいいだろ」
 「二人は今訓練で忙しいから。ていうか軍主命令で。さあ行くよー」
 「…………」
 さらりと言われた軍主命令の一言に言葉を失し、仕方ないというように深くため息をついた。


 「はーい。てなわけでやってまいりましたグリンヒルー!」
 「…………はあ……」
 腕を大きく上げて何所へともなく叫ぶ自軍の軍主の姿に再び深いため息をつくルック。すでにうんざりしている。
 「だからなんでそんなにテンション高いのさ……。そもそもなんだって言うんだい」
 「よくぞ聞いてくださいました!!」
 がしいっ!
 瞳の輝きを倍増させて抱きつかんばかりのシュウユウに身を除かせるルック。
 「な……だから離せって……」
 「なんと! リッチモンドに調べさせたんだけどさ! このグリンヒル周辺にはムササビが4匹もいるんだってさ!!」
 「…………は?」
 ムササビ?
 「うん。グリンヒルにさ、ほらあのムササビが後をついてくるっていってた女の人いたじゃん!? で調査させてみたんだ! そしたら街道とか歩くだけでいつのまにか4匹も仲間になるんだよ! 4匹だよ!4匹! 一応確認しようと思ってムクムクにも聞いてみたらムムーって言ってたし! これはもう間違いと思わない!? だよね思うよね! これはもう探すっきゃないって感じだよね!! じゃあまずはトゥーリバーまで延々往復してみようか!!」
 いや、何も言ってないし。
 ムムーって言われたって。
 しかもやっぱり僕が来なきゃいけない理由もないじゃないか。
 色々思うことはあったがうきうきと街道を下っていくシュウユウの背を見つめていくうちに、何だかもうどうでも良くなって本日三度目のため息をついた。


 「……切り裂き」
 轟音をたてて風が吹き荒れ、目の前にいるびんぼうがみ達をなぎ払う。
 「さっすがー」
 「……あんたも少しは戦いなよ」
 横でぱちぱちと拍手するシュウユウを半眼で見つめ抗議する。そう、これで通算4回目の戦いになるが全部ルックの切り裂きで片づけており、一回もシュウユウは戦闘に参加していなかった。いつもなら傍観するのはルックの方なのだが、二人だけで来ている以上参加しないと自分も攻撃を受ける可能性がある。
 「だって。どうせ僕が何かしかけようとしたってルックの切り裂きの方が早いし」
 確かにそれはそうなのだが。
 しかしどこか釈然としない様子のルックに
 「ま、相手が1、2匹なら僕が一人で相手するからさー」
 あははー。と暢気に笑う。
 「そう願いたいもんだね」
 このしまりのない顔が人を惹きつけるというのだから不思議だ。
 「……ムー」
 「何馬鹿なこと言ってんのさ」
 「え? 僕じゃないよ」
 「え……」
 ということは。
 ばっ!
 傍目には仲良く隣を歩いていた二人は同時に振りかえる。一人は目を輝かせ。一人は信じられないと呟いて。
 そこには。
 「ム、ムー?」
 いきなり凝視されてちょっと驚いた様子の青いマントを身につけたムササビがいた。
 「わあー青だ! フリックが喜ぶね!!」
 ひょいと抱き上げて念願のムササビに話しかける。
 「こんなに早く会えるなんて! 名前はなんていうの?」
 「……ムー」
 「マクマクかあ! 僕はシュウユウ! あっちはルックだよ。ひょっとして僕の事はムクムクから聞いた事ある?」
 なんで言葉通じているんですかあんたら。
 呆然と尚もなにやらムササビ……いやマクマクと話しているシュウユウを見ているとぴょんとシュウユウの腕から飛び降りたマクマクがとてとてとこちらにやってくる。
 「ム?」
 軽く首をかしげ話し……かけてきているのか。これはやはり。
 黙っていると、僅かに目を細め
 「ム?」
 聞こえてないとでも思ったのか、もう一度同じこと? を言ってくる。
 「……よろしく……」
 「ムー」
 どうやらこちらの対応は合っていたらしい。マクマクは微笑すると一つ頷きそっと横に並んだ。
 というかなんで僕はこんなところでムササビと会話しているんだろう。
 あまり他人には見られたくない光景である。
 他人。
 はっと気づきシュウユウの方を見てみると
 「…………ルック」
 半眼でこちらを見ている。  しまった。戻った後一体どんな噂をされるか……。
 無表情ながらも内心青ざめる。シュウユウは顔を伏せてしまい、その表情は読み取れない。
 「ルック」
 「……何」
 「…………ずるい」
 「……何?」
 今なんて言ったこいつは?
 てっきり揶揄されると思ったのに予想外の事を言われ戸惑う。するとがばっと顔を上げ、そこに見えるのは――嫉妬。
 「ずるいっ! ずるいよルック! なんでマクマクそっちいっちゃうの!? 僕の隣にくればいいのに!」
 「……」
 「マクマク! そんな無表情愛想無し魔法使いの隣にいても面白くないよ!? こっちにおいでよ!」
 どうやら、ムササビと言葉を交わしていたことについてはなんとも思っていないらしい。
 さりげなく暴言を吐かれた気もするがまあ置いておいてそっと胸を撫で下ろす。
 「五月蝿いし。あいつの隣に行ってやったら?」
 あくまでも自分の為にそう促すとマクマクはちょっと肩をすくめシュウユウとルックの間に移動する。
 人間臭いのはムクムクでなれているがそれにしてもクールだ。
 ……ムササビのくせに。
 とりあえず間ではあるが隣に来た事で機嫌が良くなったらしいシュウユウがうきうきとまたなにやら話しかけている。
 「うん。じゃあ一回戻ろうか」
 「何? このまま他のも探すんじゃないの?」
 戻る、という言葉に反応して聞いてみる。先程シュウユウも言ったとおり2往復目で出会えたので時間もさほど経ってなく、日もまだ高い。かといって一度戻って今日は終わりと聞き分けの良いことをいう軍主でもないことぐらいはこれまでで解っているので、一度戻って再出発するよりはこのまま他のムササビを探しに行ったほうが面倒がなくていい。
 「えー。だって。マクマク、ムクムクに会いたいっていうし」
 ムササビが基準ですか。
 「ム」
 「ん? あー大丈夫。ルックも文句ないってさ。うーんじゃあ今日はあともう戻って4人で遊ぼうかー」
 ……4人? ムササビは匹だろう――じゃなくて
 「ちょと。4人ってまさか僕も……」
 「じゃあ戻るよー。ちょっと揺れる感触するから気をつけて」
 「待――」
 「ここが僕たちのお城、ビクトリア城だよ」
 「ムー」
 「お帰りなさいシュウユウさん! わあ、可愛いムササビ! 名前なんていうの?」
 「――て」
 「手? 手がどうかしたの?」
 「待てって言ったんだよ。 ――さっきなんか変なこと言ってたけど、まさかソレ、僕も入ってないだろうね」
 「入ってるに決まってんじゃん」
 「――ムー」
 「うーん。なんて言ってるのか分かんないけど……まいっかあ。あのね、私はビッキーっていうのよ。よろしくねムササビちゃん」
 「ムムー……」
 「はあ? 冗談じゃないね。なんで僕がそんなのにまで付き合ってあげなきゃいけないのさ。いっておくけど。百歩譲ってムササビは仲間集めの一環と見てあげてもいいけど、そんなのはもう軍にはなんの関係も無いから軍主命令もきかないよ」
 「むぅー」
 「ムササビの真似してんじゃないよ」
 「えっ? なあに? うーん。私はねぇ、テレポートが得意なんだけど、たまに失敗しちゃうんだあ。あ、そうだ! 今度どこかに送ってあげるね!」
 「ム、ムムー……」
 「ああもう五月蝿いな。ビッキー、そいつはマクマク。多分雄だよ。 ……じゃあもう探しに行かないなら僕は戻るから後は好きにしたら」
 「あ、待ってよルック」
 「ムー」
 「あ、行っちゃうのー? じゃあまたねーシュウユウさん、マクマクくーん」


 「……なんで付いて来るのさ。あのままビッキーと遊んでいればよかっただろ」
 再び石版の前で。
 さりげなく足元に寄り添っているマクマクはひとまず無視して目の前にいるシュウユウを睨みつける。
 「うーん。でも、なんか悔しいけどマクマク、ルック好きみたいだし。僕も今日はルックな気分っていうか? いいからいこ? マクマク待ってるし。早くムクムクに会わせてあげたくない?」
 「行かない」
 ね? と可愛く首を傾げて顔を覗き込んでくるのを鬱陶しげに振り払いきっぱりと断る。こんな大勢の目の前でアホ軍主にムササビ達と遊ぶくらいならやはりあのまま探し続けた方がマシだったと思いながら。
 「……困ったなあ」
 くすり、と笑うシュウユウ。
 その笑いに何か不穏なモノを感じつつも負けてなるものかと睥睨する。
 「何も困る事なんかないだろ。いいからさっさと諦めてムクムクのところにでもいけば」
 「いや、困るのは多分僕じゃなくて」
 「……なに?」
 うん、と頷きそっと耳に顔を近づけ
 「いや、遊んでくれなきゃ拗ねて皆にルックがマクマクと仲良くお話してたよーっていいふらしちゃうかもしれないなーって」
 「…………切り裂かれたい?」
 「僕、自虐趣味はないよ。それに切り裂かれたって僕は止まらないよ」
 「……大体、僕は仲良く話なんかしてない」
 「お話に脚色・演出はつきものだよね」
 「それに、あんたとムササビ達と遊びまわっているのを見られる方がぞっとするね」
 「我がままだなあ。じゃあまたグリンヒルにでも行く?」
 「そういうことを言ってるんじゃないよ」
 「そういうことだろ? じゃあムクムク連れて来るから二人はここで待ってて! あ、ルック逃げようとした攻撃してでも止めてねー」
 「な……」
 何か言いかけたルックを無視し、しゅた、と片手を挙げスタリオンも驚くいいダッシュで走り去っていく。
 「……なんで僕が……」
 呟くルックの足にぽん、と誰かが手を置く。
 いや、誰かは分かりきっているのだが。
 「……君も、良くあんなのについて行こうと思ったね」
 足元にいるムササビにしか聞こえない声でそっと囁く。すると向こうも小声でムーと返す。いや、やはり意味は分からないのだが。
 しかしそれにしても。
 「これはこれで目立つじゃないか……」
 石版の前、佇む無表情魔法使いと青いマントのムササビ。
 めったに見られない光景である。
 「こうなったらいっそ早く来てくれ……」
 ルックの願いも虚しく、どうやらムクムク探しに手間取ったシュウユウが息を切らせて戻ってきたのは実に20分後のことだった。


 ルック、ムササビとお友達説発生。


                   END


 こんにちは、神崎です。
 何が冷静沈着ってマクマクは戦隊の青ですから冷静沈着だろうと。
 ムササビ探しはルックと二人で、マクマクは2往復目で仲間になったのは実話です。何故か管理人、ルックはムササビと相性が良いと信じております。なんかこう風繋がりで。
 ちなみにこれが幻水では初小説。
 書いてる本人はとても楽しかったです。


 


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