英雄イベント





 冷たく目を光らせ、彼は僕に言葉を告げる。
 意味を図りかね、首を傾げる僕に再度告げられた言葉。
 理解した瞬間。悪寒が全身を撫でる。
 全身の皮膚が隆起し、毛が逆立ち、目の前が眩む。胸が苦しい。
 あの夜、蛍の舞った木の前で狂皇子、ルカ・ブライトと対峙した時すらこのような絶大な恐怖を、絶望を味わう事はなかったというに。
 ああ、結局この世に救いはないんだね?
 酷くぐちゃぐちゃした気分のまま、僕は陶然と笑って頷き、その部屋を出た。



 「で、なんだっていつも僕のところに来るのさ君は」
 ビクトリア城のいつもの石版の前。
 普段なら無駄にハイテンションでやってくるなり無理やり自分をひっぱっていく軍主が、珍しく黙って来たかと思うと隣で膝を抱えて座り込んでいる。
 鬱陶しくはあるがとりあえず無言なのだし、無視していればいいのだが、話しかけてしまうの結局は面倒見の良さ、といったところか。歪んではいるが。
 「一体どうしたっていうんだい?」
 「………が、ぼ……………い……だ」
 ぶつぶつと応える声はあくまで低い。
 「何? 聞こえないんだけど」
 イライラと、それでも聞き返してくれるルックにゆっくりと顔を向け、今度はもう少し大きな声で同じ言葉を告げる。
 まるで、先程の彼のようだと思いながら。
 「シュウが、僕に休めっていうんだ」
 「……」
 「あ、ちょっと、何所行くんだよルック!」
 「五月蝿い放せ。聞いた僕が馬鹿だったよ」
 無言で立ち去ろうとするルックの腕をしっかりと握る。座ったままの妙な体勢だというのに振りほどけない。
 「だって! あのシュウがだよ!? 人の顔見たら仕事しろ仕事しろってうるさいあのシュウが! お疲れでしょうから2、3日お休み下さいって! 僕はついにこの世の終わりがきたかと思ったね!」
 「……ようやくルカを倒したし。一応ご褒美の飴のつもりなんだろ。」
 「あ、なるほど」
 アメねー。まあ、あのシュウがただの優しさであんな事言わないよなー。
 うんうんと納得して首をふるシュウユウ。
 「うん。打算計算って思ったら安心した。ありがとうルック!」
 「……いいけどね別に。それよりいい加減放してくれない」
 「え。折角だからじゃあ遊んでこようよ」
 「なん」
 「あー!! いたいたシュウユウー!!!」
 抗議をしかけたところで。
 遮られた大声に顔を上げると、真上からフェイスに乗り出して笑顔でぶんぶんと手をふるナナミの姿が。後にはアイリにカスミ、シーナまでいる。
 またやっかいなのが、と呟くルックを無視してシュウユウも笑顔で手を振り返す。無論手は放さない。
 「あー。ナナミ。どうしたのー?」
 「うん! シュウさんにきいたんだけど、今日からちょっとお休みなんでしょー?」
 「あーそうそう」
 「じゃあさ、じゃあさ、ひさしぶりにちょっと皆で遊びに行こうよ!!」
 「うん! そうだね、皆で行こうか! じゃあナナミ降りてきなよ」
 「ちょっと皆って。まさか僕も入ってるんじゃないだろうね」
 「当たり前じゃん」
 「何が当たり前なんだよ!」
 「だって僕、ルック好きだし」
 「適当なこというんんじゃないよ!」
 あまりの気色悪さにロッドを握りなおしたところで、近くにナナミがいることを思い出す。あの暴走姉ちゃん、普段も手をつけられないが怒らせると尚酷い。正直、紋章の方がよっぽど扱い易い。
 「なにー。この俺さしおいていつの間に二人ってばそんな中になっちゃったってわけー?」
 がつん。
 へらへらと笑って馬鹿な事をいうシーナに一切の遠慮の無いフル・スイング。シュウユウへの鬱憤も加算されている。
 「馬鹿なのは前から分かってたけど。いよいよ深刻になってきたようだね」
 「ってえー。頭割れたらどうしてくれんだよー」
 「花の一本でもさしてあげるよ」
 「うわ。フラワーエンジェル?」
 「あはははは。みんな仲いいねー」
 「あんた、本当にそう見えるのかい?」
 「え? なんで?」
 「あれ。カスミさんも? 珍しいですね。勿論歓迎ですけど」
 「ええ……その、トランの方へ向かうと聞きましたので……」
 「? あ、そうなんですか?」
 ロッカクの里にでも行きたいのかな?
 何故かほんのりと頬を赤らめるカスミに首を傾げる。ふと視線を向けるとナナミとアイリは同じく疑問符を浮かべているが、シーナは苦笑しておりルックは無表情だがどこか複雑な顔をしている。
 「……? あ、ていうかトラン行くんだ?」
 気をとりなおしてナナミを見ると嬉しそうに頷く。
 「うん! だってしばらくお休みなんでしょ? だったらちょっと遠くて、あんまり行ったことがないところがいいよねってアイリちゃんと話してたんだよ!!」
 「あっあたしも暇だからね。ちょっとついて行ってもいいかなってうか、ほら、あんたも息抜きしたいだろっていうかさ」
 「私はたまたまその話を聞いていたので、お邪魔かとも思ったんですが……」
 「ううん! そんなことないよ!! 皆で行った方が楽しいし! ね、そうだよねシュウユウ!!」
 「うんそうだね。じゃあ時間が勿体無いし、出発しようか」
 さっきまで無駄にふさぎ込んで時間を潰していた人のいうことか。
 ともあれ、テンションも高く意気揚々と出掛けようとした所で
 「僕は行かないよ」
 水を差す少年が一人。
 言うまでも無く、不機嫌魔法使いのルック。
 「遊びなら、お得意の軍主命令も効かないよ」
 ふふん、と唇を歪めて言い放つ。しかし、腕を掴まれたままなのでいまいち格好がつかない。
 「えー行こうよルック君」
 「嫌だね。大体僕はいつも行きたくも無い戦闘に参加させられているんだ。休みぐらい、放っておいてほしいね」
 「うーん。どうしようシュウユウ?」
 無下にあしらわれ、悲しそうな顔のナナミにシュウユウの眉がぴくりと動く。一度目を閉じ、開いた瞬間にはきらきらと効果音でもつきそうなとても優しげな満面の笑み。
 「あははは。大丈夫だよナナミ」
 表情に似合った、ひどく優しい声音。そして笑顔のままルック顔を近づけ耳元でそっと
 「……あんまナナミを困らせんじゃねえよ」
 地を這うような低い声。その瞬間、笑顔のままのシュウユウの体からドス黒い何かが確かに見えた、とルックは思った。
 「……シスコン……」
 「え? なに?」
 にこにこと、今度は顔を覗き込んでくるシュウユウ。しかし目だけは笑っていない。それどころか口の動きだけで『いいからさっさとついてきやがれ』と言っている。
 「別に……行けばいいんだろ、行けば」
 「ナナミー、ルックも来るってー」
 「本当? じゃあ早く行こうよ!!」
 「うん!!!」
 勢い良く手を振って歩き出すナナミに元気良く答え、最後に一度だけ振り向きやはり口パクで『てめえ逃げんなよ』と告げ、嬉しそうに後についていく。
 ようやく放された腕をさすりながら、再びシスコン……と呟いたルックに手をぽん、と手を置いたのは位置的に運悪くシュウユウの二面性を見てしまったシーナ。こころもち顔が青ざめている。
 「びびったー。あいつあんな顔するんだ」
 小声でささやいてくるシーナにルックも小声で
 「姉が絡むとあんなもんだよ。あんた知らなかったの」
 「だってあんま俺は戦闘誘われないし? つか笑顔で脅迫って、天魁星って皆あんなんなの?」
 「……さあね」
 「ちょっと二人ともー、早く行くよー」
 ひそひそ会話する二人に、とっくにビッキーのもとについたシュウユウが声をかける。妙な笑顔も消え、どうやらゲージは通常に戻ったらしい。
 「おー」
 「……やれやれ」



 「ふーん。ここがバナーの村かい」
 「あ、アイリは初めてだっけ。ここから峠を越えてトランに行くんだけど、じゃあちょっと見てまわろうか。僕も前回はゆっくり見て回れなかったし」
 「うん、そうしようか!」
 テレポートで村に着くなり、早速はしゃぎだすシュウユウ、ナナミ、アイリの三人を笑いながら眺めつつ、シーナがそっとカスミに尋ねる。
 「早くトランに行きたいんじゃないの?」
 「え、いえ、そんな私は……」
 「またまた。早く行きたいんだったらさ。俺もついていくから、シュウユウに行って二人だけで先に行きましょ?」
 えへへーと笑うシーナの提案に、ちょっと迷ったようだが、小さく首をふると
 「いいえ、やはりシュウユウ様を差し置いて先に行く事は出来ません。それに、ナナミさんも『皆』で遊ぶのを楽しみにしていたようですし」
 「そっかー。残念。折角カスミさんと二人っきりになれると思ったのなー」
 ちぇーと拗ねてみせるその言葉にふふ、と笑ってふと黙ったままの風使いの少年に目を向ける。視線につられ、シーナもそちらを見やると
 「あれ、ルックどったの?」
 表情はいつもと変わらないが、心なしか、顔が少し青かった。
 「別に……」
 「え? ルックどうかしたの?」
 話を聞きつけたか、こちらにやってくるシュウユウ。ルックの顔を見るなり
 「わ、ルック顔色悪いよ! 大丈夫? テレポート酔い?」
 「違うよ……僕がそんなものに酔うわけないだろ。これは、もっと別の……シュウユウ、トラン行きは仕方ないからついて行ってあげるけど、この村にいるうちはそうだね、あの宿ででも休ませてもらうよ」
 「そっか……まあ、具合が悪いなら仕方ないよね。うん、じゃあ休んでて」
 「そうさせてもらうよ」
 「お大事にー。あ、一人で寝れる? 添い寝してあげよっか?」
 「消えろ放蕩息子」
 「まあコワイ。じゃあこれ」
 ぽい、と何かを投げられる。
 思わず受け取った手のひらには
 ひよこちゃん。
 ――これをどうしろと?
 憮然と顔をあげた先には既にもう誰もいなかった。



 「ルック、起きてるー?」
 ノックもせずいきなりドアを開けてきたのはシーナ。
 「……何、出発?」
 髪を掻き揚げ、そっとベットから身を起こす。さらさらと髪が指先からこぼれるのをどこかいまいましげに眺める。シュウユウには言わなかった休んだ理由。この村についた途端、風が騒ぎ出したのだ。結局うるさくて眠れなかった。
 「いや、ちがうんだけど……って。ぷ」
 吹きだそうとしてあわてて口を押さえるが、もう遅い。
 「なんだっていうのさ……」
 剣呑な目つき。切り裂き注意報発令。
 「いやー、あの、枕のひよこちゃん、かわいいなーって、てぇっ!?」
 ひゅんっ。
 慌ててしゃがみこんだ頭上を風の刃がかすめる。短髪のはずの金髪が数本切り取られ、風になびく。後でシュウユウの慌てた声が聞こえたがそれはあまり気にしない。
 とりあえず宿屋内という条件が良かったのか、そよ風ですんでまあ運が良かったと思うことにする。
 「で、出発じゃなければなんだっていうのさ」
 つまらないことだったら承知しないよ?
 不機嫌オーラばりばりでひよこちゃんを手渡ししながらそれでも律儀に尋ねる。その質問に待ってましたとばかりに声をあげたのはナナミ。
 「あのね、この村、シュウユウがいるんだって!!」
 「は? 何、偽者ってこと?」
 そういえば前にもいたよね。地賊星のホイとかいうやつ。
 確かにシュウユウの名を騙って何か不利益な事をしているならば放っておくわけにはいかないが、わざわざ自分を呼ぶ事でもないだろう。
 そんなルックの想いを読み取れたのか、シュウユウが言葉をつなぐ。
 「うん、偽者っていうかね、コウ君っていうほら、僕の格好した男の子が言ってたんだけど、数日前から丁度ここに赤い服を着た僕らしき人が泊まっていて、この宿の裏で釣りしてるんだってさ。どんな人か会いに行こうと思ったら、いつも金髪の人に追い返されちゃうらしくて。それでちょっとした悪戯っていうか、いい考えがあってさ。試してみようってことになったんだけど、シーナとカスミさんがルックも呼んだ方がいいっていうから。僕は寝ているのを起こすのはどうかと反対したんだけどね」
 どうしたんだろうね?
 あはははと笑う軍主は無視して、ルックはシーナとカスミを仰ぎ見る。
 シュウユウと似た……といか幼い少年が想像するような英雄めいた雰囲気の、金髪の付き人がいる赤い服の少年だって?
 ルックの知る限り、それで連想される人物は一人。どうりで紋章が反応するわけだ。
 視線に応え、今度は少々顔の赤いカスミが口を開く。
 「その金髪の人は、頬に傷がある、でも優しそうな人だそうです」
 確定的。
 すっとベットから立ち上がり、シーナ、シュウユウを抜いてドアへ向かう。
 歩みを止めぬまま肩越しに顔だけで振り返り声をかける。
 「何しているんだい。早く行くよ」
 その顔は、珍しく誰にでも分かるほどに不機嫌だった。
  


 「あ、申し訳ありません。ここから……あれ、君はルックく」
 「助けて〜!! 特にそのおにいちゃ〜ん!!!」
 「え!? ええ!?」
 泣きたくなるような素晴らしいコウの演技力に、血相を変えて飛び出していった『金髪の付き人』を冷めた目で見送って、ルックは言った。
 「良い考え、ね」
 「べ、べつに、成功したんだからいいんだよ」
 「ね、ね、早くいこ! あの人だよね」
 「……ふん」



 背を向けたまま釣り糸を足らすその人の姿は、とても静かで、なんというかそう、綺麗、だった。
 風にバンダナが揺れている。若木色に紫、というちょっと凄い色彩のはずのソレはなぜかその人にとてもよく似合っていて。僅かに見える髪はあくまで黒く、艶やかに存在を主張していた。後ろ向きに座っているので断言は出来ないが、どちらかというと華奢な体つきだろう。
 こんな人が、僕に間違えられたんだ。
 そう思うと世間での自分のイメージがちょっと怖くもあり、恥ずかしくもあり。ついでにしてやったりとか思ってもみたり。
 ああ、なんと言って声をかけたらいいんだろう?
 シュウユウが迷っていると、後で風が動いた。そして横、目前へと風が移動する。緑の法衣をなびかせて。
 「ひさしぶり……… 変わりはないようだね……」
 とても静かにかけられたその言葉に、後で小さく息を呑む音が聞こえた。
 そしてシュウユウはようやくその人が誰なのか思い当たる。
 『トランの英雄』タクト・マクドール。
 「……ひさしぶりだねルック。君も変わりはないのかな?」
 そういって振り返った英雄は、やはりとても綺麗な顔立ちをしていた。少女めいてはいないのだが、その柔和な顔立ちはまるで良く出来た人形のようで。そういえば初めてルックを見たときも同じ様な印象をうけたけど。でも、透き通った、だけど深い漆黒の瞳に宿る強い意志のようなものが彼を確かに血の通う人間であることを証明していた。
 「シーナに、カスミも。本当に、久しぶりだね……」
 ふわりと、蕾がほころぶかのように話しかけられ、シーナは笑って、カスミは珍しく慌てて返事をする。
 「よー。久しぶり」
 「あ、は、はい! お久しぶりにございます、タクト様」
 「そんなに気を使わなくて構わないよカスミ。僕はもう君の主ではないのだから」
 くすくすと笑うタクトにカスミはますます顔を赤らめる。手を胸に当て、口をひらこうとしたところで
 「坊ちゃん、大変です!!!!」
 金髪の付き人が慌てて駆け込んできた。
 ……あれ、コウ君は……?
 シュウユウの疑問は直ぐに解消されることになる。



 大変な事になった。
 シュウユウを見るルックの瞳が寒い。
 なんと、演技であったはずの『盗賊とか魔物に襲われちゃったよ助けてシナリオ』が現実になってしまったのだ。
 宿の中で、エリという少女が手をせわしなく動かしている。顔は青ざめ、目には涙を浮かべていた。
 「急いで助けにいきましょう、坊ちゃん!」
 付き人がタクトを促す。
 その時、
 「!」
 タクトの手袋に覆われた右手から唐突に黒い光を発した。
 く、と小さく呻き、タクトが膝をつく。
 「坊ちゃん、大丈夫ですよ、その紋章は悪い物ではありません……!」
 すかさず肩に手をまわし、支えようとする付き人を、左手で制す。
 「うん、分かってるよグレミオ。僕は大丈夫。ただ」
 そういってタクトはドアの前に立つシュウユウ達を見た。達、であってシュウユウではない。誰を見ているのか、それとも全員を見ているのか、とにかくタクトはまたあの優しい微笑みを浮かべ
 「ただ、久しぶりに凄くイキのイイ魂に会えたから、ソウル君が喜んじゃってるんだ」
 「……」
 なんだろう。
 何だか良く分からないけど、とても嫌な予感がするのをシュウユウは感じた。何だろう。ヤバイ。とにかくヤバイ。何か知っているかと後の顔見知り三人を振り返ってみると、シーナはまともに顔を引きつらせ、カスミの目は潤み、ルックはばかじゃないの、とぼやいていた。
 ますます分からないが、不安だけが増長される。
 ぼうっと考えていると、ぽんと肩を叩かれた。
 近づいた気配がしなかったので驚くと、そこには先程と変わらぬ笑顔のタクト。 ……変わらぬ笑顔のはずなのに、どこか恐ろしく見えるのはシュウユウの気のせいか。どうやら一緒に行こう、ということらしいので頷くとタクトはまた嬉しそうに笑った。グレミオというらしい付き人さんに応え自己紹介する間も、胸の中の警鐘が鳴り響いていた。
 「じゃあ早く行きましょうかシュウユウ君。紋章が疼いて仕方がない」
 また警鐘が、一際強く鳴った。



 本当に、関わらないほうが良かったのかもしれない。
 死屍累々と横たわるのはトラ達を横目に見つつ、走りながらシュウユウは漠然とそう思っていた。
 その姿を最初に見たときの感動はもはや消えうせている。
 トランの英雄。
 その技量は凄まじかった。
 穏やかな顔のまま、まるで花を摘むかのような気軽さでトラの頭をつかみ、うるさい虫を払うように棍をふるって致命打をあたえる。
 しかも先程紋章がどうとか言っていたくせに全て物理攻撃で片をつけていた。
 ……一度、手合わせしてみたい気もする。
 「彼等かな」
 言葉に目を向けると、なるほど。いかにも盗賊と言った風情の輩がいた。
 「あん、なんだテメエラ」
 「うん? 口が悪いね」
 柄の悪い盗賊達の最後は、いっそ哀れなほどだった。
 


 「いた! コウくん!!」
 自失状態になる前の盗賊達が涙ながらに告白した通りに道を走り、やや開けた場所につくと、そこにはコウがうつ伏せに倒れていた。
 駆け寄ろうとして、誰かに腕をひかれて止まる。
 「……なにか、いる」
 「だね」
 ルックの声に応えてシュウユウが棍を構えなおす。
 落ち着いて辺りをうかがうと、成る程、獣ともつかない異様な気配がした。それも、かなり近い。
 「来る!!」
 


 異様な気配の正体は、カラフルな巨大芋虫だった。それなりに小さければひょっとして可愛いの部類に入るかもしれないが、自分たちを食べようと体当たりやら電撃やらかましてくる芋虫を当然そうは思えなくて。
 「くそ! しぶとい!!」
 「そうだね、早く片付けないとコウ君が心配ですしね。あの子の魂は食べたくない」
 ……は?
 さっきから何をいっているのかこの英雄は。
 「切り裂き」
 轟音を立て、紋章に応じ出現したいくつもの竜巻が芋虫を切り刻む。
 すると、形容しがたい音を立てて芋虫の背中が割れた。
 「やっと終わったのかい」
 ふう、と息をつくアイリ。しかし、直感的に気づく。これは
 「まだだ」
 ヴぁさ!!!
 「うわっ」
 燐粉を撒き散らして割れた背中から出てきたのは、どんなサイズであろうと決して可愛いとは思えないような毒々しい蛾。
 「羽化するかフツー!?」
 「えええ!? まだなのぉ!?」
 「坊ちゃん! このままだとコウ君が……!!」
 グレミオの声にち、という小さな声が聞こえた。
 「仕方ないね……。一気に片付けます」
 「タクト!? まさかお前!」
 「タクト様!」
 「……行きますよ」
 声と同時に高く掲げたタクトの右手が黒く輝く。宿屋の時とは比べ物にならないその圧倒的な光量。と、
 「!!?」
 その光に反応したかのようにシュウユウの右手に宿る紋章、二つに分かれた真なる紋章の片割れ、輝く盾の紋章が光り始めた。
 「シュウユウ!?」
 ナナミが叫ぶ。
 暴走かと思うような紋章の輝きに思わず右手を高く掲げる。すると、待っていたかのように紋章がこれまで使ったどの時よりも強い力を放出する。空に浮かぶのは見慣れた白い盾と、見慣れぬ黒い鎌。
 まるで何かに導かれるように、二つの紋章が輝き、閃光が辺りを覆った。
 


 真なる紋章どうしの共鳴反応だ、と後でルックが教えてくれた。
 じゃあどうしてルックの『風』は反応しなかったのかと尋ねてみると、不機嫌そうに僕が君たちなんかにひきずられるわけないだろ、と言った。
 


 目も眩む閃光の治まった後、蛾の姿は微塵の欠片も残されていなかった。
 急いでコウの容態を見てみると虫の毒がそうとう酷くまわっているらしく、トランにいるリュウカン先生という人のところに連れて行くことになった。
 タクトの姿を見てやたらと感激していたバルカスに乗せてもらった馬車の中で熱烈歓迎をされたタクトがため息をつく。
 「まあ、こうなった以上仕方ないけど。シーナ、お父さん、止めてね」
 「ああー、う、んー、いや、俺のいうことなんかきかないって」
 「シーナ?」
 「……ゴメンナサイ努力シマス」
 「ありがとう」
 ……? 一体なんなんですか?



 「タクト殿ぉーーー!!!!!」
 ああ、こういうことか。
 恥も外聞もなく縋り付こうとするいかつい中年のおっさん。もといレパント大統領。笑顔のままじりじり後退するタクト。シーナの方をちら、と見る。その視線にびくっとしたシーナがしかしやはり父親も怖いのか普段を思えば信じられないほどか細い声で
 「お、おやじ、ちょっと落ち着けって……?」
 「タクト殿っ!! さあこちらにぃぃぃ!!!!」
 不発。
 結局暴走親父、じゃなくてレパント大統領を止めてくれたのはアイリーンだった。
 笑顔で退出していく際、小さく無能、と囁いたのは誰か。
 放蕩息子、泣きそう。



 この日は結局、タクトの家に泊まらせてもらうことになった。
 若干一名、やたらと脅えて泊まる事を辞退しようとした金髪がいたが、折角タダで泊まれるのに余計な出費が認められるわけがなかった。



 信じられないくらい美味しいシチューをご馳走になったあと、各々部屋に移動することになって。部屋数が足りないということでタクトに「僕と同じ部屋でいいよね」といわれたルックは意外にも仕方ないねとあっさり了承し、シーナは強張った顔で頷いたあと、ごめんなさいごめんなさいいと繰り返していた。その間タクトはずっと笑っていた。



 シュウユウとナナミに振り分けられた部屋で。ふうーと伸びをしていたナナミが唐突に口を開く。
 「タクトさんっていい人っぽいよね」
 「え……ああ、英雄。うん、そう、だね?」
 「英雄? だめよシュウユウ。タクトさんでしょ。そんな呼び方失礼だよ」
 いやまあ、それはそうなんだけど。
 困り、首元のスカーフをいじる。
 どうにも、なんだか苦手なのだ。
 確かに外見はとても綺麗だ。
 そしてそれに似合わず技量も凄まじい。
 頭もきっと悪くないんだろう。
 性格は、まだ断じるほどに親しくないが。
 性格。性格が合わないのかもしれない。
 別に特に嫌な事を言われたわけでもされたわけでもないけど。
 トランの英雄。
 三年前の門の紋章戦の時、解放軍を率いたという若きリーダー。その時も108星が集まったらしく、宿星として彼のもとに集ったという人が、今のスレイ軍にも何人もいる。
 どんな人だろうと思って熊や青いのやらにも聞いてみたこともあったが、皆あからさまに適当な事を言うだけで明確な回答を拒否してきた。
 そこまで思い出して、別にシュウユウは『トランの英雄』に特に何も思っていないことに気づく。いや、キャロの町にいた頃は英雄、の響きに高潔な強くてカッコいい人、とかいうイメージを持っていたと思うのだが、実際に自分が軍の主となるうちに、そんな想いは霧散していったのだ。
 しかし、何も期待していないなら何故あの人を『英雄』と呼び、またこうも気に入らないというのか。
 黙りこんだシュウユウに、ナナミがぷうと顔をふくらませる。
 「シュウユウ! お返事は!?」
 「あ、うん。ごめんねナナミ。そうだね、タクトさん、だよね」
 「うん! あ! ねえ、そうだ! あの人にも協力してもらったらどうかな!?」
 「な、なにを……?」
 まさか。
 「やだなあ、スレイ軍だよお! すっごく強いし! ね、そうしようよ!」
 「え、ああ、うん」
 確かに凄く強いけど。
 「うん! じゃあ決まりだね! 早速頼みに行こうか!」
 「ええ!? あ、いや今のうんっていうのは」
 「あ、でもでも、タクトさんの部屋にはルック君もシーナ君もいるんだよねぇ。あんまり大勢で行ったら迷惑かな?? じゃあお姉ちゃんここで待ってるからシュウユウだけで行ってきなよ。やっぱりこういうのはリーダーがいったほうがいいもんね。じゃあ行ってらっしゃい! お行儀よくね!」
 「ちょ、ナナミ」
 ぐいぐいぐい。ばたん。
 追い出された。
 「はあ……」
 深くため息をつく。
 こうなった以上、少なくとも聞くだけ聞いてみないことにはナナミは納得してくれないだろう。
 数万の軍を預かるスレイ軍の軍主はとぼとぼと廊下を歩いていった。



 「はい、コレ」
 「お、おおう」
 「外は冷えるからね」
 「そ、外?」
 「この部屋ベット一つしかないし。一人は椅子を使うにしても三人で寝るには流石に狭いと思わない?」
 「えっと……」
 「屋根から滑らないようにね」
 「屋根指定!?」
 「庭だとクレオとかが吃驚しちゃうよね。それとも……なにか不満でも?」
 「…………ああ、これが罰なのね……はい、行ってきます、オヤスミナサイ」
 「お休みなさい」
 「夜中に騒音立てながら落ちてきたりしないでよね」
 …………。
 一体なんの会話ですかコレ。
 仕方なくやってきたタクト達の部屋の前で。
 ふいに聞こえてきた不穏な会話。
 入るに入れない。
 どうしよう、と思っていると
 「いつまでそこに突っ立ているつもりなのさ」
 「どうぞ、鍵はかかってませんので」
 中からお呼びがかかる。
 まあ、別に気配殺してないし。足音立ててたし。気づかれていても不思議はなかった。
 つーか誰か聞いてるって分かっててアレですか。
 「失礼しまーす」
 がちゃ。
 覚悟を決めて中に入る。
 小綺麗な部屋の中で、ベットにはルックが、一つしかない椅子にはタクトが座っていた。
 ええと、僕は床にでも座ればいいんですかね。
 「ああ、ごめんなさい」
 心の中を読んだかのようなタイミングでタクトが席を立ち、開けっ放しだった窓を閉めてからルックの隣に腰掛ける。ルックは一瞥しただけで何も言わなかった。
 どうぞ、と促す手におとなしく従い、ありがたく椅子に腰掛ける。ちょっと生暖かい。
 「いらっしゃい、シュウユウ君。何の御用ですか?」
 「すごい中途半端な口調ですね」
 あ。
 しまった。
 つい何も考えず思ったことを口走った気がする。
 昼間、口が悪いね、と言われた盗賊達の末路がフラッシュバックされた。
 トンファー置いてきちゃったけど、逃げるだけならなんとかなるか。
 そっと逃走経路を確認する。
 普通、まずは謝るものなのだが。
 「そうですね。よく言われるよ」
 しかし、シュウユウの考えに気づいているのかいないのか。特に襲いかかる様子もなくタクトはふわりと微笑む。
 「丁寧なのか、そうじゃないのか、はっきりしないって。ねえ、ルック?」
 「さあね」
 「これは僕の癖みたいなものですから、あまり気にしないでくれると嬉しいな」
 「はあ」
 「ふふ」
 いや、ふふっていわれても。
 とりあえず怒ってないみたいだしまあいいか、と頬をかき、もうさっさと用件を言ってしまうことにする。
 個人的にどう思うのであれ、『トランの英雄』が仲間になったら確かにそれは大きな意味を持つことになるだろうし。断られたとしても、やはり個人的に思うところがあるので別に構わないと思う。少なくとも、昔の仲間が多数在籍するスレイ軍に敵対することはないと思うし。
 「ええっと。よろしければ仲間になってもらえません?」
 「へぇ」
 「シュウユウ」
 さらっといつも通りに言ってみたシュウユウの言葉にタクトは面白そうに目を細めた。笑顔であって笑顔でない表情。そしてほぼ同時にまるで咎めるようにルックが軍主の名を呼ぶ。その顔は険しい。
 「あんた、何考えてるのさ」
 予想しなかったルックの反応に戸惑う。大人しく隣に座らせるくらいだから仲は悪くないと思ったのだが。
 「え、いや、タクトさん凄い強いし。頼りになるかなーって」
 前半は本音、後半はお愛想を込めて。
 「ありがとう。いいよ」
 「あ、本当ですか」
 意外とあっさりとしたその返答に、成功しちゃったよ、とか思いながらお礼をいう。
 「……僕は外に出てるよ」
 ぎん! とシュウユウを睨みつけ、不機嫌ゲージMAXのルックが部屋を出て行く。
 「あーあ。怒っちゃった」
 「……なんでですか?」
 「うん。なんだかんだいって優しいから」
 「そうですね」
 よく分からないが、その言葉には頷けたのでそう言うと、また面白そうにタクトが笑う。
 「僕なにか変なこと言いました?」
 「いいえ、ただ、随分抵抗なく頷いてくれたなって」
 普通、ルックが優しいなんていうと皆変なものを見るかのような目でみてくるものだから。
 そういうと、納得したかのようにああ、とシュウユウも笑った。
 「愛想ないですけどね」
 「ついでに素直さにも欠けますけどね」
 あはははは、と顔を見合わせて笑う。
 「ははは、あ、でも先程の仲間になるという件」
 「あ、はい」
 いきなり戻った話題に、頭を切り替え、やはり条件つきかと真顔で頷く。
 「僕は、スレイ軍の仲間になるつもりはありません」
 「……と、いうと?」
 「僕は、シュウユウ君の協力者にならなります。戦争、ではなく戦闘、をお手伝いといえば分かりやすいかな」
 「なるほど」
 まあ、別にそれでも。
 「わかりました、お願いします、タクトさん」
 一応先輩軍主ということで丁寧に頭を下げてみる。
 「タクト、でいいよ。軍主はシュウユウ君なんだから。君は、頭を下げてはいけない」
 勿論敬語もね、と笑って告げるタクトにシュウユウはちょっと考え
 「うん分かった。じゃあタクトも僕のことはシュウユウで。あなたも『トランの英雄』で、軍籍に入らないなら僕に対する敬語はいらないよ」
 「そうだね。じゃあシュウユウと呼ぶことにします。でも、さっきも言ったけどこの口調は癖だから」  そういってまた笑う。
 「ところで、もし良ければ、あの様子ではしばらくルックも帰ってこないだろうし、少しおしゃべりでもしませんか?」
 「え、あ、うん。いいけど」
 「じゃあお茶でも淹れようか」

 

 「おかえり」
 「なんで了承したのさ」
 あれから一時間はたったのだが不機嫌さに変わりはないらしい。
 「やだなルック。おかえりといったらただいま、でしょう?」
 「……ただいま」
 いかにも不承不承と言う様子にタクトは目を細める。
 「うん。おかえり。面白そうだったからだよ」
 「なんだって?」
 「シュウユウが。可愛い子じゃないか。興味がわいたんだ。なにせ」
 そこで言葉をきって不適に微笑む。
 「敵でもなく初対面で僕を好きにならないなんて、珍しいですし?」
 それどころかひょっとしたら嫌われているかもしれない。
 そういって心底嬉しそうに笑うのを半眼で見つめながら、これみよがしにため息をついた。
 「全くアンタは……本当に変わらないね」
 「そう?」
 けっこうこれでも色々変わったんだけどね、とおどけてみせるタクトにルックはいらただしげにそうだよ、と言う。
 「三年前と変わらず、決して本音をみせない」
 「……わあ、ルッくんたらシリアス?」
 「……」
 「寝るんですか? じゃあベットをどうぞ。君の方が体力ないし、一晩中魔力を放出するのも疲れるでしょう?」
 その言葉に椅子に向かおうとしていたルックの動きが止まる。
 分かりやすい反応に上を指差しながらくすくす笑う。
 「わざわざ固定してあげるなんて優しいね」
 「……派手に落ちられでもして夜中に起こされたくないんだよ」
 「ふうん? まあいいですけど。あ、本当にベットを使いなよ。寝た後に運ぶのは面倒だし」
 「……じゃあそうさせてもらうよ」
 しぶしぶとベットに潜りこむ。
 素直で嬉しいよ、などとほざく元軍主は無視することにして、壁を向き、背を向ける。その背にぽつりと向けられたのは小さな言葉。
 「……久しぶりに、僕もみんなに会いたくなったしね」
 それが本音の一部なのかはしらないけれど。
 とりあえず、ルックは答えた。
 「……おやすみ」
 「おやすみなさい、ルック」
 


 「お帰りシュウユウ。遅かったね。どうだった?」
 「ただいまナナミ。戦闘には参加してくれるって」
 「そっかあ! 良かったねシュウユウ。それで色々お話してきたんでしょ? どんな人だった??」
 「うん、なんか思ったより悪くなかった。言葉づかい変だけど」
 「? 仲良くなったこと??」
 「まあそんなとこかな? それよりもう遅いから寝ようか。おやすみナナミ」
 「うんそうだね、じゃあ明日詳しく教えてね。おやすみシュウユウ!」
 ごろんとベットに横たわりながらつい先程までの世間話を思い出す。
 もっと気まず雰囲気なるかと思ったのが以外にも終始和やかなまま、結構自分も笑っていたと思う。少なくともつまらなくはなく、面白かったとさえいってもいい。
 ただ、じゃあ何故。
 こうもあの穏やかな顔を見ると落ち着かないのだろう?
 しばらく考えたが答えは出ず、やがて眠りに落ちていった。




 後日。某所。
 「ルック、シーナ。タクトさんってどんな人だった?」
 「えー? まあ、お前に似てるよ」
 「馬鹿で人に迷惑をかけるところなんかそっくりだね」
 「ああ! 同属嫌悪!?」
 「え、なになに? タクト嫌い?」
 「嫌いって言うか、なんか落ち着かない」
 「……初めて鏡をみた猿」
 「うわヒド」
 「まあ、もっと話してみれば? 多分気が合うんじゃないの。暴君同士」
 「うーん。わかった。じゃあ早速迎えに行こうか」
 「なんで僕が」
 「だって暴君だし?」
 「ははは、ルックの負け」
 「切り裂き」
 「ってなんで俺なんだよ!?」
 



 さらに後日、疑問が解けた軍主は英雄とコンビを組んでいたずらをする姿が各地で見かけられるようになり、主に被害を被る誰かがとりもつんじゃなかった、と呟いたそうな。
 



                    END


今日和。実は才色兼備の後に書いた三作目でした。まるでキャラ紹介のよう……。
    



   


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