42,記憶の底






 「おはよう」
 朝起きると、目の前に不快な顔があった。
 「……どうして貴方が私の部屋にいるのです」
 「いや、そろそろ起きるかなと思って、ほら。冷たい水を持ってきたんだよ」
 睨み付けるが、一向に気にする様子もなく笑いながら水差しをしめし、そこからグラスへと注ぎ、差し出してくる。
 「……」
 確かに喉が渇いていたので黙って受け取ると
 「零さないようにね」
 「そんなこと、貴方に言われるまでもありません」
 不愉快な注意にむっとしながら水を飲み干す。確かに冷えていて、喉に心地いい。
 「はははは。 ……ところで、昨日のことは覚えているかい?」
 誤魔化すように笑いながら質問され、何を言っているのかと眉を顰めつつも答える。
 「花見に行きましたね。それが何か」
 「何を食べたり飲んだり」
 「こくろのお弁当と、焼酎でしたね。私は、白ワインと言ったはずですが、貴方がそれしか買ってきませんでしたから」
 「お花見と言ったら焼酎だろう。で、帰ってきたことは覚えているかい?」
 「そんなこと……、……。……?」
 困ったように笑う黒鷹を見つめながら記憶を馳せる。が。
 「……」
 「……やっぱり、覚えていないんだね。何をしたのかも?」
 「……そんなことは……」
 言いながら記憶を懸命に辿るが、思い出せない。
 確か仕方ないのでやたらとある焼酎を飲んだら、意外と美味しくて、そのまま飲み続けて。そのうち、私はしっかりしているというのに黒鷹が妙にそろそろまずいのでは、とか肉とかも食べないか、とか言うのが鬱陶しかったのでさらに焼酎を飲んで。そこから、そこから。
 ……。
 「……あ……」
 「おや?」
 なんとなく、黒鷹の叫び声と、誰かに抱えられて移動した気がしなくもない。
 しかし。
 お花見は、自分と、目の前の鳥と、こはなとこくろと。
 その中で自分を抱えて歩けたのは。
 そこまで思考を巡らし、
 酷く、酷く、嫌な結論が出そうなので思い出すのをやめることにする。
 「……覚えていません」
 「……本当かい?」
 「ええ」
 「じゃあどうやって帰ったとか」
 「跳んだのでしょう。興味がありません」
 「……いきなりばったりと」
 「記憶にありません」
 「……」
 「……水はお礼を言います。それでは出て行ってください」
 「……はいはい」
 ため息をつき、肩をすくめながらドアをくぐる黒鷹。
 しかし、出る直前くるりと肩越しに振り返り
 「……白梟」
 「……なんです」
 めずらしく、名前で呼んでくる。
 「頼むから、次はほどほどにしてくれ給えね?」
 「……早くでて行きなさい」
 顔が見えないよう袖で隠し。
 不快で不利な思い出は記憶の底へ。





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