41,手の届かない安らぎ






 「こら花白、ちゃんと野菜も残さず食え」
 「えー」
 「えー、じゃない。お前が来る時は茸と人参だけはなるべく入れないようにしているんだぞ」
 「はっはっは、そうだぞちびっこ。野菜も食べないといつまでたっても大きくなれないぞ? よし、仕方ないから私の分もあげよう、ほら!」
 「黒鷹、それでさり気無いつもりか?」
 「そうだバカトリ! そんなんで誤魔化せるなら苦労しないよ!」
 「むう、相変らず厳しいね君は」
 「いいから二人とも黙って食え」
 「うー」
 「はぁ……」
 

 「ほら、茶が入ったぞ」
 いつも通りの会話を交わして食事が終わったところで、玄冬がやっぱりいつも通りお茶を運んできてくれた。
 「ありがとー」
 僕もいつもの通りに笑顔でお茶を受け取る。
 「あ」
 コトコトとテーブルに置かれていくお茶請けを見て、思わず声があがる。
 「……おや、今日のお茶請けは寒天かい? 珍しいね」
 「ああ、この間花白が好きだと言っていたからな」
 「うん! ありがとう!」
 純粋に好物が出たことと、玄冬がそれを覚えていてくれたことが嬉しくて、笑顔になるのが分かる。
 「ふむ……私も寒天は嫌いじゃないよ。しかし、本当に君はなんでも作るね」
 相変らずの胡散臭い笑顔で黒鷹が箸をとる。
 一瞬、ちらりと僕を見たのを、玄冬は気付いただろうか? いや、多分気付かなかっただろう。本当に微かで、僕も黒鷹の方を見ていなかったら気付かなかっただろうから。
 ……このバカトリ。美味しく食べれないじゃないか。
 内心恨みながら、だけど僕も気付かないフリをして同じ様に箸をとる。
 寒天。
 僕の好物で、そして、あの人の好物でもある。
 そのことを当然、黒鷹は知っているのだろう。
 「いっただっきまーす」
 作った笑顔のまま、つるつるとした寒天をそっと掬い、一口、口の中へ。
 「うわ……美味しい……」
 驚いた。本当に玄冬は何でも作れるし、なんでも美味しい。
 「そうか」
 出来が気になったのか、ずっと僕のほうを見ていた玄冬は一つ頷き自分も食べ始める。
 そして、他愛も無い会話が始まる。
 僕は笑顔で、玄冬はいつもの何考えてるか分からない、でも優しい顔で、黒鷹もへらへらして。
 数年前の冬の日、初めて玄冬と会ってから見るようになった光景。
 一目見て、僕が君が名前だけじゃない「玄冬」だと分かったように、君もきっと僕の事が分かって。でもお互いに決定的な事を言えないまま、黒鷹が現れて。このバカトリは、最初こそずっと人型でいたけど、何度目か会いに行ったときにはもう開き直ったのか、あっさり僕の前で鳥と人と変わってみせて。
 あの時は流石にもう誤魔化せないじゃないか、とひやりとしたけれど。
 結局、僕が「救世主」と認めなければいいことと気付いてまた誤魔化しは続いてきた。そう、今のように。
 美味しい寒天を食べながら、演技じゃなく僕は笑う。
 黒鷹が、憤慨したような顔をする。
 玄冬が、呆れる。
 僕が笑う。笑える。
 楽しいひと時。
 城で過ごす時と比べ、随分と安らぐこのつかの間の時。
 年々、冬が長くなっている。
 多分、遅くても後数年で僕は決断しなければいけなくなるだろう。
 僕は、あの人に逆らいきれるだろうか?
 逆らいきれなくなった時、この安らぎのひと時は、手の届かないところにいってしまうのだろう。
 玄冬か、世界……いや、あの人の願いか。
 僕はその時が怖い。
 近頃は、その事を考えると眠れない時まである。
 ああ、お願いです。
 存在しないどころか、いっそ憎むべき対象ですらあるカミサマにすら僕は祈る。


 ――この時が、ずっと続きますように。




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