28,裏切り






 澄んだ音を立てて、それは床へと落ち、砕け散った。
 破片が陽光を浴びて虹色に輝く。
 私はそれを呆然と見つめる。
 その輝きは、箱庭が砕け散る様子にとても似ていた。
 きらきら。きらきら。
 光を反射し続ける欠片を見ながら、一つ、冷たいものが頬を伝うのを感じる。
 「……どうするんだ?」
 不意に聞こえた、落ち着きを払った、だけど可愛らしい声に振りかえる。
 「こくろ」
 「それ、白梟が大切にしてた花瓶だろ?」
 「……」
 しまった。
 なんということだ。
 これでは、ひとまずは片付けて後、知らない振りして外に出掛けるという計画が実行に移せそうにない。
 とりあえず、わざとではない事を言おうとして、こくろの表情を見、その必要がないことを悟る。
 ならばやるべきことは。
 「こくろ」
 「なんだ」
 「ここはちゃんと片付ける。だからあの人には黙っていてくれ給え」
 「……バレるんじゃないか?」
 「お願いだこくろ! 君は私を見捨てるというのか!?」
 「……分かった。ちゃんと片付けろよ」
 「ああ、ありがとうこくろ!」
 「抱きつくな熱い」



 「……ここにあった花瓶を知りませんか?」
 「え? しらない」
 来た!
 というか、何もその日のうちに気づかなくてもいいじゃないか!?
 そっとこくろを伺い見る。
 こくろは一瞬呆れたような目でこちらを見て
 「……」
 無言で首を振る。ああ、ありがとうこくろ!
 「さあ、どうしたんだろうね」
 私もとりあえず肩をすくめ、手を上げてみる。
 「……おかしいですね。黒鷹、本当に知りませんか?」
 「どうしてあなたはいつも私を疑うのかな?」
 「ふだんの行いがわるいからだろ」
 「こはなの言う通りです」
 「おおヒドイ言い様だ!」
 大げさに嘆き、頭を抱えながら被り振る。
 そんな私を胡散臭そうな目で見ていたが
 「……まあいいでしょう。 ……しかし、どこにいったのでしょうか……」
 言いながらうろうろと辺りを探しだす。
 こくろはやはり黙ったままそんな様子を眺め、そして物言いたげな目で私をみる。
 ああ、頼むからそんな目で見ないでくれ給え。
 「……白梟」
 くいくいと袖を引っ張り、って、こくろ!?
 「なんですか? こくろ」
 「……花瓶」
 「……なんですか」
 ああ、こくろ!? そんな!?
 「ごめん。おれが割った」
 ……………………………………。
 え?
 「……本当ですか」
 「うん。割った。ごめんなさい」
 「……その、花瓶は、どうしました?」
 「片付けた……」
 「……捨てたのですか」
 「ああ」
 「……あれは、最初に、……いえ……怪我はありますか」
 「……ない……」
 「そうですか……」
 「……違う」
 「……黒鷹?」
 「違うよ」
 「おい、黒鷹……」
 「ありがとう、こくろ」
 困惑した表情のこくろの頭に手を置き、微笑んでみせる。
 実際、この生真面目な子供が私を庇おうとしてくれたことが嬉しかった。
 「……どういうことですか、黒鷹」
 大体察したのだろう。綺麗な顔が険悪そのものの表情を浮かべ、妙に抑えた声で問いかけてくる。
 おお怖い。
 「どうもこうも。あなたの思っている通りですよ」
 「貴方は! こくろに身代わりをさせたのですか!」
 「あ、それは、おれが勝手に……」
 「貴方は黙っていなさい。それで、花瓶は」
 「それはこくろの言った通りだよ」
 「……! それで、すぐに私に謝りもせず、しらばっくれようとしていたのですか貴方は!」
 「いたたた、痛い、痛いよ!」
 涙目で訴えてみるが、右手にかけられた力は増すばかりだ。
 「すまない、悪かった! 謝るから、この通り!」
 「お黙りなさい! 今度という今度は容赦しません!」
 「あなたはいつだって私には容赦がないじゃないか! その、機を見て話そうとは思ったんだよ!? あ、ちょっ、待ち給え!」
 「貴方には反省が足りません」
 「痛い! だから痛いって! 反省ならしているよ!」
 「説得力がありません」



 「……生きているか?」
 「……なんとかね……」
 床に倒れ伏した私の様子を見に来てくれたのはこくろだった。 
 「……なんで、自分からバラしたんだ?」
 不思議そうなこくろに、私は痛む身体を起こし、柔らかな頭を撫でて笑う。
 「君がかばってくれたからねえ。それではもう白状するしかないだろう」
 「……よく分からない」
 「あのままだと、君があの人に恨まれてしまっただろう? それで本当に良かったのかい?」
 問いかけると、珍しく困ったような顔でこちらを見上げてくる。
 「……わからない」
 「ははははは。ありがとう。こくろ。でも、なんで君こそ私を庇おうとしてくれたんだい?」
 「……あのままだったら、白梟は探し続けただろうし。見つからないものを探し続けるのを見るのもやだし、でもバラさないって約束したし。だから」
 「そうか。本当に君は優しい子だね」
 「……黒鷹」
 「なんだい?」
 「まだ、ちゃんとさっきの質問に答えてない」
 「そうかい? 私としてはちゃんと答えたつもりだったんだがね。ふうむ。そうだね」
 「?」
 「裏切りたくなかったんだと思うよ」
 「……何を?」
 「君の期待をさ」
       




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