12,迷子or迷い





 自然豊かな山間の国、群。
 当然のように木々が茂る山とも森ともつかぬ中、ひっそりと、しかし決して窮屈さを感じることはないだろう規模で、その家は佇んでいた。
 玄関の前には一人の男性。彼は、数分前からそこにそうして立っている。
 整っていると評して差し支えないその顔は、眉根は寄せてはいるものの、どこか皮肉な笑みを思わせる表情を浮かべている。
 扉をノックするわけでもなく、立ち去るわけでもなく。
 彼はただ、そこにいる。
 すると、家の中で人が動く気配がした。それと同時に、彼の眉も動く。まるで、困っているように。
 しかし、そんな彼の動きに一切構う事はなく、あっさりと、その扉は中から開かれた。
 「……」
 「やっぱりあんたか。よく来たな、まあ入ってくれ」
 彼が何か言うより早く、その動作と同じくあっさりとした口調でその家の住人、玄冬は彼を招き入れた。


 「……」
 「……」
 とりあえず招かれるまま部屋の中に入り、手馴れた動作で出されたお茶を受け取り。若干遅れて手作りと思われるまんじゅうが並べ終えたところで真向かいに玄冬が座り、自分の分のお茶を淹れたところで。
 普通なら、ここで何か会話があるのだろうが、お互いに何も言わない。
 また、普通ならそうなると妙に気まずい雰囲気が漂いそうなものだが、少なくとも茶をすする玄冬の方にそういった心苦しさは感じていないようだ。
 ただ、分かり辛い無表情の中に、どことなく好奇心のようなものを感じ、なんとなく面白くないものを感じながらまんじゅうに手を伸ばし、かぶりつく。
 「げ、ウマイ」
 何がげ、なのか自分でもよく分からないまま思わず呟かれた言葉に、玄冬の顔が綻ぶ。
 「そうか、実は俺が作ったんだが、あんたも甘いものが好きなようで良かった」
 「ンー。ま、俺が一番好きなのは焼肉なんだけど。でもこれウマイね」
 「……あんたも肉が好きなんだな」
 「でも黒鷹サンほど野菜嫌いってわけじゃないけどネ」
 いいながら彼……救世主、もしくは黒鷹風に言うならば大君は、なんでこんな言い訳のようなことまで言っているのだろうと思いながら、ふたたび玄冬特製まんじゅうにかぶりつく。
 そして、玄冬が何か言うより早く空になった湯飲みを見せて首を傾げる。
 ああ、と頷いて新しくお茶を淹れてくれるのを眺めながら、ふと思ったことを尋ねる。
 「そーいえばさ、俺ってわかったんだ?」
 「ああ……なんとなくだが」
 「ふぅーん。くまさんも気配とか分かるんだ。ちょっと意外かな?」
 どことなく挑発めいた風に告げると、玄冬は気付いたのか気付かないのか、苦笑しながらお茶がなみなみと注がれた湯飲みを渡しつつ
 「いや……そんなこともないんだが……それより、そのくまさん、と言うのは……」
 「ぴったりじゃん?」
 「……」
 間髪入れずに答えると、玄冬は押し黙った。
 ――おっ。怒ったかな?
 むしろ期待するように様子を窺っていると、しばし黙ったあげくふ、と息を吐き顔をあげると
 「……仕方ないな」
 赦されてしまった。
 「……」
 「なんだ……すまん、不味かったか?」
 仏頂面になる救世主に、見当違いのことを言う玄冬。
 「イーエ? 別に」
 「そうか」
 「……」
 「……」
 「……」
 「……」
 ――やっぱこの熊さんだめだ。
 会話も途切れ、とにかくお茶をすすりながら救世主は思う。
 どうにも調子が出ないというか、歯車が合わないというか。
 「やっぱさあ」
 頬に手をつきながら口を開く。
 「なんだ?」
 「やっぱさ、くまさんは花白のモノだね」
 真っ直ぐに目を見て、心の底から思ったことを言う。
 「――」
 何をしゃべろうとしたのか。中途半端に口を開けたまま、見つめ返す玄冬。
 言葉を探しているのか、困惑を浮かべながらも、視線は逸らさないでいる玄冬を尚も真っ直ぐに凝視しながら、6人目、と救世主は思う。
 真っ直ぐに、自分の目を見つめ返せるヒト。
 大抵の人は、別に威嚇してなくても軽く目が会うだけで慌てて視線を逸らすのに。
 あの人と。黒鷹サンと、他の俺達と。隊長と。
 ――コクオウヘイカですら、こんなに長く俺の目を見返せないのにね。
 やっぱり花白のおかげ? でも、この熊さんはそれがなくても見返してくれる気がする。
 そんなことをつらつら考えていると、漸く考えがまとまったのか、玄冬が一度口を閉じ、開く。
 「俺は――誰のものでもない」
 「……」
 「……」
 「…………ネェ」
 「なんだ」
 「あれだけ考えて、それだけ?」
 「……ああ」
 ――こ、この熊さんは……
 なんだか大いに肩透かしを食らった気がして、がっくりとテーブルに伏せる。
 「……一応色々言葉は浮かんだが、どれも違う気がした」
 ?
 その言葉に頭は伏せたまま、顔をずらして玄冬を見上げる。
 「だから、間違いないことだけを言った」
 「……ふぅん」
 「他にも何か聞きたいことはあるか?」
 「てかさ、普通そっちが何の用か聞くもんじゃないの?」
 「俺に会いに来たんじゃないのか?」
 「……なんでそう思うの?」
 「なんでって、この家には俺とあと黒鷹と小さい俺しか住んでいないことはあんたも知っているだろうしな。それで今までその二人の名前が出てこないなら、俺に会いに来たと思うのが普通だろう?」
 嫌味でもなんでもなく淡々と言う玄冬。どうにも何を考えているのか分からない、と思いながら尚も質問を続ける救世主。
 「じゃあさ、なんで俺に会い来たんだ、俺になんの用だ、とかは言わないわけ?」
 「それは……まあ、救世主としての用でないことは分かっているし。そっちが言い出さないからな。ただ単に俺に会いに来たかと思っていたんだが。違うのか?」
 違わない。
 言う通り、救世主の目的は、ただ玄冬に会うことだけだった。何故会うのかは救世主自身もよく分かっておらず、強いて言うなら、合わないだろうなとは思った相性を確かめに来ただけだ。
 しかし、なんとなく素直にそうと言う気にはなれず黙っていると
 「……なあ、あんた」
 玄冬の方から真顔で話しかけてきた。
 「ナニ?」
 尋ねると、そのまま真剣な声音で
 「晩飯は、食っていくだろう?」
 「…………くまさんはさ、話の流れとか、そういう言葉って知ってる?」
 「食っていかないのか?」
 「……食べてくよ」
 わざとらしく溜息を吐くと、何故か玄冬は嬉しそうに微笑んだ。
 「そうか。焼肉が好き、といったな」
 「ウン。でも俺も緑色のものは好きじゃないけどね。あとホワイトソースは大っ嫌い」
 「そうか……じゃあ出来るだけ食べてくれ。茸は平気か?」
 「まあそれなりに」
 「そうか、良かった」
 「ネェ、なんでそんなに嬉しそうなわけ?」
 満足気にもう四杯目くらいの茶をすする玄冬に呆れ顔を隠さすに救世主が尋ねる。すると玄冬は意外そうに目を軽く見開き何を当たり前の事を聞くんだと言わんばかりの口調で
 「あんたがいるからじゃないか」
 「……俺、花白とは違うよ? はっきり言っておくけど」
 「はあ? 何を言ってるんだ? 当たり前だろう。あんたを花白と思ったことなんかないぞ。姿は似ているとは思うが」
 「……それ、花白は花白しかいないって意味だよね?」
 いきなりくまさん呼ばわりされた時よりも不機嫌そうな玄冬に、顔を起こした救世主がことさら無邪気そうに質問というよりは確認をとるような口調で言うと
 「それはそうだが同時にあんたはあんただって意味だ」
 「……」
 その言葉に無邪気を装った救世主の顔が漂白される。
 「……いやいや、それは駄目でしょ、くまさん」
 「何がだ?」
 強張った救世主の声に、不機嫌そうだった玄冬の声が疑問と、気遣うような色合いを帯びる。
 「くまさんはさ、花白のなんだから、駄目でショ?」
 「? だから、俺はだれのものでも……」
 ない、と続けられるだろうその言葉を遮るように立ち上がる救世主。そのまま机に立てかけておいた剣をぞんざいに掴み、扉へ向う。
 「おい……」
 「悪いねーくまさん。ヤッパ俺今日帰るわ」
 一方的に告げ、そのまま背を向けたまま手をひらひらと振り扉に手をかけようとし――
 扉が開いた。
 「おお! 大君じゃないか! 君が来るなんて初めてだね! ウン歓迎するよ私は! ん? ひょっとしてドアを開けようとしてくれたのかな? はっはっは、中々気が利くねありがとう! だけど残念ながら私の方が素早かったようだね!」
 「黒鷹、いいから早く進め。おれが部屋に入れないだろ」
 「ああ、すまないねこくろ」
 開ける前に開けられた扉から賑やかに入ってきたのは、先ほど玄冬も言ったこの家に住む残りの二人、黒鷹と小さい玄冬、通称こくろだった。
 どうやら買い物に行って来たらしく、黒鷹は腕いっぱいに荷物を、こくろは小さな荷物を一つ持っていた。
 黒鷹と共にどさどさとテーブルに荷物を置きながらこくろがくい、と救世主の方に向き直り
 「なあ、座らないのか? 晩御飯、食べていくんだろ?」
 「……玄冬って、皆こうなの? 黒鷹サン」
 疑問系を使ってはいるものの、明らかに確信を持ったその言いように苦笑する救世主。ふられた黒鷹は笑いながら
 「さて? 今一何をいっているのか分からないが、まあこくろの言うとおりだ、座り給えよ大君」
 くい、と腕をとり、そのまま椅子に座らせる。
 自分も隣の椅子に腰を掛け、机に並べられた袋のうち一つをがさごそとまさぐり焼き菓子を取り出す。
 「こら黒鷹、まずは色々しまうのが先だろう」
 右手で救世主に焼き菓子を進め、左手で自分の分のを開封しだす黒鷹に、こくろのもっともなつっこみが入るが、黒鷹は無駄にきらりと歯を煌かせながら微笑みかけると
 「はっはっは、そうしたいのは私もやまやまなんだがね、こくろ。しかしお客様が来ているのだ。家主として応対に励むのが筋だろう?」
 「面倒なだけだろ」
 「う〜ん。そうとも言うね」
 「ああもう。大きいおれ、なんとか言ってくれ」
 顔をしかめ、黙って購入物の取り分けを手伝っていた玄冬を仰ぎ見るこくろ。請われて玄冬は黒鷹をさながら先ほどの救世主の如く真っ直ぐ見つめると
 「黒鷹」
 「なんだい玄冬?」
 「せめて、手を洗ってから食え」
 「おお、これはうっかりしていた。手袋をはめているとつい忘れがちになってね」
 そそくさと立ち上がり、別の扉へ去っていく黒鷹。
 不満げにそれを見送りながら
 「……おおきいおれ」
 「こくろ、今日は焼肉だ」
 「やきにく、好きなのか」
 言いたいことは分かってるだろうに、何故か全く関係のないことを言い出す玄冬に、諦めたように溜息をつき、ぐに、と小さな顔を向けて聞いて来るこくろに、なんともいえない表情をしながら黙ってみていた救世主は黙って頷く。
 「そしてホワイトソースは大嫌いだそうだ」
 「わかった。みんな好き嫌いが多いな」
 袋から出てくる食材を手に取りながら頷きあう玄冬たち。どうやら無言で今晩のメニューを打ち合わせしているらしい。
 よくわからない葉っぱで手が止まったのを見て
 「緑のモノも好きじゃないんだけど」
 思わず口走ってから、しまった、と思う。
 苦虫を噛み潰す思いで玄冬を見ると、案の定、口の端が緩んでいる。確かに、今のでは食べていくと認めたのも同じだ。
 「ほらほら。玄冬、お客様がそう言っているんだから、そんな不吉なモノは放し給えよ」
 黙っていると、手を洗ってきたと思われる黒鷹が戻ってきた。
 それに入れ替わるように無言で黒鷹を睨みつけてから食材の入った袋をかかえて部屋を出て行く玄冬とこくろ。
 「……ねー、黒鷹サン」
 「なんだい大君?」
 「いつから、居たの?」
 「うん? なんのことだい?」
 ジト目で見上げてくる救世主に笑顔を向けたまま再び腰を掛け、開封済みの焼き菓子に手を伸ばすと、さり気無くその手を上から押さえられる。
 「放してくれないかな? 君が食べさせてくれるなら別だけどね」
 「あのさ、この焼き菓子の量、三人暮らしにはいくらなんでも多すぎだと思うんだけど……転移装置って便利だよね。俺にくれない?」
 「あげないよ。それに焼き菓子はいつだってこれくらい買うんだよ。あまり買いにいかないし、いつちびっこが来るか分からないからね。 ……本当にどうしたんだい? 大君、君らしくない」
 「……だとしてもさ、ちっこい玄冬もいたのに、俺、気配に全然気付かなかったんだよネ」
 「ふむ、それは本当に君らしくないね。まあ転移装置であの扉のすぐ近くまで飛んで帰って来たわけなんだが……どうやら察するに、さっきのアレは扉を開けてくれようとしたのではなく、帰るところだった、ということかな?」
 「…………ひょっとして、本当に何も聞いてなかったわけ? それで、あんないきなりハイテンションなの?」
 そっと手を放しながら顔がひきつるのを感じる。
 「ははははは、私はいつでも元気いっぱいだよ! ――しかし、君は本当に調子が悪いようだね。しかし、そこまで言うなら一体私達が帰るまでにあの子と一体何があったのか非常に気になるんだがね」
 「うっわぁー、どーしよ。ネェ黒鷹サン。俺あのくまさん駄目だわ。なんか調子狂う。波長がおかしくなる」
 「まあ、あの子は独特だからねぇ。君もだけど。で、何があったのか話してくれないんだね」
 「黒鷹サンはご飯の手伝いしなくていいの?」
 「むぅ、ないようだね。まあいい、ここは敢えて乗せられてあげよう! で、君は私が関わった物を食したいと思いのかい?」
 「……ヤダ」
 「はっはっは、賢明だね。そういうことだから、我々はここでお腹がいっぱいにならない程度に焼き菓子を頬張ろうではないか!」
 「チョット。頭撫でるのやめてくれない? 剣に手行っちゃうから」
 「はっはっはっはっは!」
 

 「ごちそうさまでした」
 夕食はリクエスト通りの焼肉とコーンポタージュ、サーモンサラダだった。
 当然のように野菜を残す黒鷹といつもの遣り取りがあって、今回は黒鷹がいつもよりは素直に妥協した後出てきたデザートのパイを紅茶と一緒に食べ終わってから。
 「どうだい大君、うちの子達はなかなかの腕前だろう!」
 何故か本人達以上に誇らしげに胸を張る黒鷹。
 「うん、そうだね。ゴチソウサマ」
 実際美味しかったので素直に頷く救世主。
 やはり悪い気はしないらしく、その言葉にこくろまで顔が緩んでいる。
 「またいつでも来てくれ」
 「あんまり来すぎるとそのうち容赦なく大きいおれが野菜も食べさせようとするけどな」
 社交辞令ではない誠実さを持って微笑みかける玄冬に、つっこみというよりは余計なことを言うこくろ。
 「おい、こくろ」
 「――でも、また来い」
 玄冬もそう思ったようだが、さらりとすまし顔で続けられた言葉に黒鷹、救世主共々苦笑する。
 「……気が向いたらね」
 「さて、じゃあ送ろうか」
 笑いながら黒鷹が差し出してくる手を握り返す。
 そして黙ったまま、けれど優しく手を振る二人の玄冬を見ながらそこそこに慣れた浮遊感が身体を包み――


 「はい、到着」
 瞬き一つの間に、見慣れた彩城の吹き抜け廊下に立っていた。
 「ネェ黒鷹サン」
 「うん?」
 「俺と二人だったらさ、俺の力も使ってくれて構わないからさ、もっと丁寧に跳ばない? 食べた後だと結構腹にくるもんだね」
 「おお、これはすまないね。 ……知っていたんだね。」
 転移する時、俗に言う魔力、もしくはそれを持たざる者は生命力を消費するのだが、黒鷹は自分の魔力のみで跳び、白梟はどんなものであろうと相手の力を勝手に使用する。
 だからこそ黒鷹の跳び方は雑になりがちなのだが、その事実を救世主が知っているとは思わなかった黒鷹は先ほどとはまた違った苦笑を浮かべる。
 「あの人とだけ跳んでいた時はそりゃ気付かないけどサ。黒鷹サンとも跳ぶようになって、あの人とだと距離に応じてそれなりに疲れて、黒鷹サンとだと全く疲れなかったら、そりゃ気付くって。多分花白も気付いているんじゃないの? ひよこはどうだか知らないけど」
 「成る程ね。それ、誰かに」
 「言うわけないでショ」
 呆れたように言う救世主。その顔にはいつもの皮肉気な笑顔がすでに戻っている。
 「うーん。やっぱり君はそうしている方が自然だね」
 「……五月蠅いヨ」
 「はっはっは。まあ、私もまた戻るけど、その前に一つ」
 「ナニ?」
 「あの子は口下手だから誤解を招くいい方をしたかもしれないけど。あの子は君とも仲良くなりたいんだよ。勿論、ちびっこは関係ないよ? あの子は私同様ちびっこはちびっこ。君は君、とちゃんと分かってるよ。だから君もちびっこに変な遠慮をせずにあの子と存分に仲良くしてやってくれ給え! それじゃあ、君が手にしているもので照れ隠しを実行する前に去るとしよう! 御機嫌よう大君!」
 見事な肺活量で一息に言い切ったかと思うと、ばさりと何かを翻す動作と共にそれこそ一言の反論も赦さない一瞬で消え失せる。
 冷たい夜風を受けながら一人取り残された救世主はぽつりと
 「……ヤッパリ、しっかり聴いていたんじゃん……」
 珍しく赤くなりながら年相応の拗ねた響きを持って呟かれたその言葉は、風にのって消えた。


 「ただいま」
 「お帰り」
 「おかえり」
 家に戻ってみると、二人の玄冬は向かい合って座りながら別々の本を読んでいた。
 共に野菜関連の本であることには敢えて意識をむけないようにしながら黒鷹が席に座ると、読んでいた本を閉じてこくろが
 「そういえば大きいおれ、あいつ、なんの用だったんだ?」
 「ああ、俺に会いに来たそうだ」
 「なんで」
 「はっはっは、遊びに来るのになんでも何もないだろう! なあ玄冬!」
 ぽん、と肩に手を置きながら笑いかけると冷たく手を外されながら
 「まあ、そういうことだ」
 「…………まあ、いいけどな」
 明らかに疑惑の眼差しを向けながら再び本を開きだすこくろ。  そのまま本の活字に視線を這わせながら
 「あいつ、まるで迷子みたいな目してたな」
 「……そうだな」
 「というか、私はこくろの将来が恐ろしいよ、うん」
 なんでもないことのように鋭い事を言い出す幼い子供に脅威を感じつつ、この家どころかこの箱庭でぶっちぎって年長者たる黒鷹はこう締めくくった。
 「彼に同情は厳禁だが、迷い子は助けないとね」
 「人生の迷い子ってやつか」
 「……締めくくらせてくれ給えよ」



 「隊長ー。元気ー?」
 「……廊下を走るなといつも言っているだろう」
 「あーウン元気だね。じゃあ行こうか!」
 「な、こら救世主貴様何をする!」
 「山登り山登り。大丈夫。帰りは一瞬だからサ」
 「何をわけのわからないことを言っているんだ貴様は!? 俺には執務が……!」
 「俺さー。くまさんとはやっぱ合わないって思うんだけど、そんなに嫌いでもないみたい」
 「くま!? 何を言ってるんだ?」
 「くれば分かるってー」
 「こら、腕を放さんか……引きずるなー!」



 その日の晩御飯は、昨日よりも賑やかだったとか。






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