はらはら、はらはら。 雪が降る。 それは、繰り返される季節の周期。 はらはら、はらはら。 雪が振る。 それは、季節の終わりには止む雪。 だけど、この雪は特別な雪。 この箱庭に住まうものの誰もが気付かない、けれどもそれは始まりの雪。 銀の砂時計。ぎりぎりの、許されない一粒が落ちてしまった証。 この雪は、「玄冬」が生まれたことを告げる最初の雪。 「……始まるな」 空から振る雪を、真っ直ぐに見つめて銀の主が言う。 白い肌。薄い唇から白い吐息を吐き出して彼は言う。 「黒鷹、白梟。対の鳥よ、役目を果たせ」 宣託を享け、後に控えていた鳥達が表情を変える。 無論、彼らにもこの美しい雪の性質が変わったことに気付いていた。 もう、これまでのように三人、塔で外の様子を眺める、気儘で平和な、そして幸せな生活は終わったのだと。 上から被るベールごと、普段ならばふわりと軽やかに舞う金色の髪をしっとりと雪に濡らせた鳥が切なげな表情のまま、それでも絶対の主の言葉に応えようと震えた声で言葉を紡ぐ。 「……はい、主よ。私は、白の鳥としての責務を全う致します」 主ほどではないが、片翼よりはずっと長生きをしてきた鳥は、笑っているような、悩んでいるような、奇妙に眉と唇を歪めた表情で、しかし普段通りの声音で尋ねる。 「……やれやれ、ですね。それで? とはいえまだ私の黒の子も白の子も生まれてませんが。箱庭の未来が定まるまで、主はどうなさるのですか?」 ぽんぽんと肩や腕に積もってきた雪を払いながら視線だけは変わらず主にだけ定め続けていると、睫や頬が濡れるのも構わずにずっと空を見上げていた主は厭そうに視線を問いかけてきた鳥へと動かす。 「お前は本当に……いや、今更か……我は今しばらくこの塔に居る。無論であろう」 「そうですか」 何やら……恐らくは鳥に対する文句だろうが……言いかけ、ゆるりと被りふり、回答を告げると、どことなく嬉しそうに歪められた口の端を少し下げ、頷いた。 「分かりました。有難う御座います。 ……さて、じゃあいつまでも雪に降られるに任せていては身体が冷え切ってしまいます。これからどうするにせよ、まずは塔に戻ってあったかーい紅茶とか飲みませんか?」 立てた人差し指をくるくると適当に回しつつ、まるで昨日までの状況が続いているかのような調子で黒の鳥が言う。 「……ふん……まあよかろう。戻るぞ、白梟」 鼻を鳴らし、言い捨てるとばさりと白衣を翻し、大雑把に雪を払う。 「あ、お待ち下さい……!」 淡い緑色の瞳を揺らしながら縋るように手を伸ばした先には、もう主はいなかった。 彼らが各々持つ、転移装置である。 あっさりと消えてしまった主のいた空間を見つめていた白の鳥は、背中に感触を感じ、振り返る。 「ああ、振り返らないでくれ給え。雪が払えない」 「結構です。自分でやります」 「それ以上手を冷たくしてどうするんだい? 私は手袋を嵌めているからいいけれど」 「……ならば早くなさい」 「はいはい」 ぽんぽんと手際よく雪を落としながら苦笑する。 「…………始まってしまったけれど、それでも私達が敵対する必要はないと私は思うよ……」 「? なんです黒鷹。はっきりおっしゃい」 「いや? 寒いから早く戻ろうと言ったんだよ? 主も待ってるか、それか濡れたまま床で寝てるか……ああ、こっちの可能性の方が高そうだなあ……」 「……! もういいです、早く戻りますよ黒鷹!」 同感だったのだろう。 はっと顔を上げたかと思うと、話しかける間もなく転移する。 一人、雪の中に取り残された黒の鳥は 「……本当に、やれやれだね……」 初めて、はっきりと悲しそうな顔をしていた。 はらはらと、雪が降る。 小さな箱庭の、分岐を示す、罪の花。罪を憂う、銀の涙。 はらはらと、雪が降る。 終焉の冬が、訪れるだろう。 |