021.忘れられない日






 その日は、朝から凄いいい天気で!
 丁度戦闘がない日だったし、甲版に出てお話出来たら、きっと凄い楽しいだろうなって!
 だから、いつも通り彼の部屋に行って。
 最初はやっぱり返事もしてくれなかったけど、でもいつもの事だし、色々話しかけて。っていっても、今日は天気がいいとか、ちらっとみたら海がいつもより輝いていてとても綺麗だったって、そんなことなんだけど。
 それで、それで、話していたら、突然立ち上がって。
 でもそれも珍しい事じゃないから付いていったら階段で、エレベーター使わないのかな? って不思議だったんだけど、一階分だったからで。パムさんのところでおまんじゅうと、カニ入り肉まんを2個づつ買ってたから、ああ、お腹空いていたんだ、買って行けばよかったなって反省しながら僕も買おうと並んだら、お前は買わなくて良いって、お前は買わなくて良いって! 小さな呟きだったんだけど、確かにそう言ってくれて! それで、今度はエレベーターに乗ったからあれって。でもちょっと期待しながらついていいって。
 そうしたら! 
 一階でおりて、そのままドアをくぐって甲版で! くるりと周りを見渡して、デッキの影になるような縁に座って。足を海の上に投げたそんな楽な姿勢で僕を見上げて。
 ――これ食う間、いてやる。
 って!
 おまんじゅうとカニ入り肉まんを一つづつ僕にくれて!
 ああ、もう本当に嬉しかったなあ。
 
 「まさか、テッド君が僕にご馳走してくれるなんて思わなかったし」
 「分かった! もう分かったから! ていうかお前、今戦闘中って分かってるか!?」
 ぎぃん、とアルドに突進してきたアイスバードの嘴を代わりに受けてやりながら、ケネスが必死の形相で叫ぶ。
 実際は、アイスバードなど今の彼等の敵ではないのだが、かといってぼんやりしていては怪我では済まない程にはこの怪鳥は強い。
 「嬉しかったなあ」
 ひょい。びゅんっ。
 どこか遠くを見つめ、心からの笑顔のまま軽く弓を放つ。
 うなりをあげて一直線に飛んだ矢は後方のアイスバードの肩に深々と突き刺さった。
 「あー。ちゃんとねらってよー」
 チープーが抗議しながら激痛に猛り狂うアイスバードの突撃を横にかわすついでにえい、と掛け声だけは軽く鋭い爪が素早く鳥の目を深々と抉る。
 噴出す血がかからないよう身を屈めて後に回り込み、後頭部にとどめの一撃。
 おぞましい断末魔をあげならが崩れ落ちるアイスバードを見ながら目を細め
 「大きい鳥だとおれ一撃はむりなんだからー。こいつもかわいそうだよー」
 「テッド君から誘ってくれるなんて初めてだったし」
 「ねーきいてるー?」
 むーとむくれるチープー。
 その肩をぽん、と叩いたのは丁度残りのアイスバードを始末したカイルだった。
 「ごめんねチープー。アルド、ずっと冷たくされていたのに初めて誘ってもらえたって凄い嬉しいみたいだから。許してあげて? ね?」
 「カイルーでもー」
 カイルに謝られ、困ったように口ごもるチープー。
 後を継いだのはケネスだった。
 「何言ってんだカイル! それはもう2日前のことだろ!? しかも俺たち何回この話聞いてんだよ! 今なら俺暗唱だって出来ると思うぞ本当!」
 最初こそ嬉しそうに話すアルドに良かったな、と笑って言ってたケネスだったが、流石にそろそろ限界のようだ。
 「あはははは。凄いねケネス。僕は流石に暗唱は無理かな」
 「ってそういうことじゃなく!」
 「……それで、今度はエレベーターに乗ったからあれって。でもちょっと期待しながらついていいって」
 二人が、というよりはケネスが一方的に訴えている間に、隙が出来てしまったチープーがつかまり、無限ループの話しをまた聞かされている。
 「カイルー助けてー」
 耳を伏せ、しっぽを揺らしながらチープーが助けを求める。
 「あはは。うーん。ねえ、アルド」
 「おまんじゅうとカニ入り肉まんを……あ、はい、なんですかカイルさん?」
 にゅ、と顔を滑らせ、至近距離から目を合わせられは流石のアルドも現実世界に戻らざるを得ないようだ。
 「うん。そういえば、なんでテッドに3日間お休みあげて下さいって言いに来たの?」
 それは、アルドが奇跡を体験した2日前のことだった。
 正午、周りに花を咲かせ、蝶とか妖精とかが歌っていそうな雰囲気のアルドがカイルの部屋を訪れ、そうお願いしたのである。
 特に重要な予定もなかったし、これで断ったらアルドがテッドに冷たくされる要因を増やしてしまうかな、と思って了承したのだが。
 「あ、それはですね」
 朗らかにアルドが笑う。
 「その、二人でおまんじゅうを食べ終わった後、テッド君が言ったんです」
 「何だ?」
 散々聞かされた話の知らない続きが出てきてケネスが興味が沸いたように尋ねる。チープーの耳の頂点も標準置へと戻った。
 「お願いがあるって」
 えへへ、と照れた様に笑うアルド。
 無言で促す三人。
 「せめて三日間、部屋でゆっくり本でも読みたいから、悪いけど協力してくれないかって!」
 『……』
 「もう、テッド君が僕にお願いしてくれるなんて思わなかったから! 二重に驚いちゃって。でも、こんなこと僕にしか頼めないってテッド君がそう言ってくれて」
 にこにこにこにこ。
 幸せそうに語るアルド。
 なんとも言えない表情で黙り込む三人。
 「……ねー、それってさー」
 「ま、まて」
 何か言いかけようとしたチープーの口を慌ててケネスがふさぐ。
 手のひらにあたる柔らかな毛と髭が気持ちいい。
 じゃなくて。
 「なあ、余計な事は言わないでおこう」
 「うー」
 「あいつがあんなに幸せそうなんだ。それでいいじゃないか。な?」
 「んー。そーだねー。わかったー」
 「? 何?」
 ひそひそと密談する二人を不思議そうに眺めるアルド。
 カイルがまたあははは、と笑い
 「多分なんでもなかったんだよ。それよりねえアルド」
 「あ、はい」
 「羽、拾おう?」
 「あ、そうですね」
 は、と気づいたようにしゃがみこむアルド。
 大所帯でしかも食べ物などは魚以外自家生産出来ないダルフィン軍は、戦闘後の素材集めは欠かせない大事な収入源となる。
 「ケネスとチープーもー」
 「おう」
 「うんー」
 呼びかけられ、選別に加わる二人。
 「……だから、いつも通り彼の部屋に行って」
 「うんうん」
 再び始まっていたアルドの話に笑顔で聞いているカイル。
 「……すごいねー」
 「ああ、あいつのああいうところは本当に凄いと思う」
 「おれもあんしょうできるかもー」
 「……あいつだって本当は出来ると思うぞ……」
 「……ひろおーか」
 「……ああ」
 
 テッドがアルドに食事を誘った日。 
 それは、アルド当人の他、カイル、ケネス、チープーにとっても忘れられない日になりそうだ。
      









 


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