普段は大きく口を開け、大きくあっけらかんと笑う少年。 その少年は今、まるで別人のように優しくうっとりと目を細め、口元はゆるい弧を描き、夕日に照らされてか、それとも少年の気持ちに併せ体温が上がっているのか、顔には柔らかな朱がのぼっており、殊更優しい印象を与える。 見つめてくる、とても優しい表情の、可愛い少年。 彼が本当は快活そのもので、そして一度戦となれば、誰よりも勇敢な将となることを知っている。鬼神さながらのその動き。敵を前にし、迷いを見せぬその姿。 その姿を知っている。 そして、そんな彼がこんな表情で見つめてくる相手は、そう多くないということも。 「――」 慈しむように、優しく見つめ続けられることに、なんだか気恥ずかしくなって、口を開くが、何を言えばいいのか分からず、結局そのまま閉ざす。 すると、何を思ったのか、少年の笑みがより深くなった。 そして。 「大好き」 世界の真理を示すかのように、確信に満ちた、そして甘い、優しい声。 分かってはいたが、実際に声に出され、言葉にされ、逆に言葉を失っていると 「大好き」 また同じ優しさで告げてくる。 「大好き」 何度でも。 「大好きだよ、ムクムク」 「ムーっ!」 とりあえず喜びと同意を表し、抱きついてみると、少年は嬉しそうに笑う。 「あはは、大好きだよ! ムクムク!」 「……本当に、異常者としか思えないね」 その様子を冷めた目で見遣る緑の法衣を纏った少年。ルック。 「あはは、昔から本当にシュウユウはムクムクのことが好きなんだよね!」 隣で笑うのは今はムクムクを抱えてくるくる回るシュウユウの義姉、ナナミ。 珍しい組み合わせだが、単にシュウユウに『るっくんなんかより僕のほうが仲がいいってこと、見せつけてやる!』などと頭の配線が違っているとしか思えない宣言と共に無理やり屋上まで引っ張ってこられ、途端に二人の世界に入った軍主を虚ろな目で眺めていると、シュウユウを探しに来たナナミがやってきただけだ。 「それよりあんた、あいつに用があるんじゃないの」 「あ、そうだ! シュウユウ! シュウユウ!」 はっとしたようにシュウユウへと駆け寄り 「あのね、お姉ちゃんケーキ焼いたんだよ! 焼き立てだから食べよ! あ、勿論ムクムクもどうぞ!!」 「ムムー!?」 ばっ。 悲鳴のような、というより悲鳴なのだろう。叫び声を上げて、そのまま迷わず屋上を飛び降り、そのまま滑空していった。 「あれっ? ムクムクー! どうしたのー?」 「た、多分急に声をかけられて驚いたんじゃないかな……」 心底不思議そうなナナミに引きつった声で答えるシュウユウ。 「そっかあ。悪い事しちゃったなー。あ、ルック君も……あれ」 首をかしげたまま誘おうと振り返ると、先程までそこにいたルックの姿はない。 「あー。まあ無愛想魔法使いは放っておこう? ね?」 この件に関してだけは不本意ながら正当性を認めざるを得ない逃亡に、やはり目を瞬かせているナナミの背を押す。 「あ、うん。もうシュウユウったら、そんなにお腹空いたの? でもタクトさんも待ってるし、早く行った方がいいね!」 「え、あいついるの」 「うん! なんか遊びに来てくれたんだって!」 「へぇ……」 そしてナナミにつかまったのか。 心の中で合掌。 「あ、ねえねえシュウユウ!」 「ん? なにー?」 「お姉ちゃんの事は?」 「え? ……ああ」 何を聞かれているのか悟り、すぐに笑顔になる。明るい心からの笑顔。 「勿論、大好きだよ!」 その言葉にナナミもまた花が咲いたかのように笑う。 「うん! お姉ちゃんもシュウユウが大好きだよ!」 そして互いに笑い合いながら、自然と手をつないで階段を下りていった。 |