フロイデ城塔基部。 ベルナデットがいつもの通り食事にレツオウのレストランへ向おうと特に何を考えるわけでもなく歩いていると、ドレミの精管弦楽団用のテントの裾から、何やらひらひらとした赤いものが映った。 「……王子殿下」 何だろうと思い、テントの白い布をまくって見ると、ひらひらの正体は、フロイデ城の主、イルファランス王子の首に捲いている布だった。 単に時間だから食事に向うだけで、さほどの空腹も覚えていないベルナデットは、しゃがみこんで何かをしているらしいイルファランスへと迷わず足を進める。 初めて入りこむ楽屋裏は、人がせいぜい二人、しかし大柄な人ならば一人しか通れないような、なんとも微妙な空間であった。まあ、ここに用事かあるのは人より小さいドレミの精達と、やはり小柄なコルネリオぐらいだろうから、これで特に問題はないのかもしれないが。 「何をなさっているのですか? 王子殿下」 「ベルナデットさん。今日和」 「あ、はい今日和……ドレミの精ですか?」 声をかけながら覗き込むと、柔らかく微笑むイルファランスの前には、場所が場所だけに当然といえば当然なのかもしれないが、ピンク色と緑色の服を着た二人のドレミの精がいた。 「はい、ピンク色で可愛い方がレミファで緑色の可愛い方がファソラですよ」 嬉しそうに頷きながらそっと指でレミファとファソラの頬を撫でると、くすぐったそうに目を細める二人。 「両方可愛いんですね」 「ええ。可愛いです」 むしろイルファランスの方を微笑ましく思いながらベルナデットが言うと、間髪入れずに肯定が返ってきた。 「ご一緒しても?」 「勿論です」 断りを入れながら微妙に身体を斜めにしつつ横にしゃがみこむと、まるで逃げるようにレミファが狭い中素早くイルファランスの足の影に隠れてしまう。 「あら」 「あははは……あ、すみません」 「いえ、いいんです……」 というわりにはどことなく哀愁の漂うベルナデットである。 「レミファ、ベルナデットさんはいい人だよ。それに君はモンスターにだって立ち向かうでしょうに」 「殿下……それでは私はモンスター以上に怖いということになってしまいますが……」 「えっあ、ごめんなさい!」 ますます影が濃くなるベルナデットに慌てて謝るイルファランス。 そんな二人に 「レミファ〜」 「ファソラ〜」 隠れていたレミファも出で来てぺちぺちとイルファランスの足を叩く。 しかしそれは無礼を責めている、というよりは何かおねだりをしているようだ。 「ああ、ごめんね」 心得たように一つ頷き、ずっと握っていた袋口からなにやら取り出す。 「はい、ベルナデットさんもどうぞ」 うきうきと何かを期待して待っているようなドレミの精達を差し置いて、まずはベルナデットに取り出した物を渡す。 「チーズケーキ……?」 「ええ。それを彼らにあげて下さい」 渡されたのは、一口大にわざわざ焼かれた数個のチーズケーキだった。 「レミファ〜」 「ほら、待ってますよ」 「え、ええ」 促され、そっと一つ差し出す。すると、小さな手を伸ばして両手でしっかりと握りながらはむはむと齧りだすレミファ。 「か、可愛い……ですね」 その様子をじっと見ながら、唸るように呟くベルナデット。 「ラソファ〜……」 「ご、ごめんなさい、はい」 「ファソラ〜」 レミファだけ? といいたげにつぶらな瞳を潤ませて見つめてくるファソラにも急いで差し出すと、一転して瞳をきらきらさせて受け取り、同じ様に両手でしっかりと挟んで頬張りだす。 「可愛いですよねー」 次々とチーズケーキを食べていくドレミの精達に自らも手渡しながら楽しそうに囁くイルファランス。 「こういう言い方や、こうやってケーキを差し出すような行為は味方で、それも一緒に戦ってもくれる彼らに失礼かな、とも思ったんですけど。でも言葉が通じていて嫌がってないならいいのかなと思って。だからたまにコルネリオさんに頼んでこうしているんです。今日はレミファとファソラの二人しかいないけど他の人たちは多分コルネリオと特訓かな?」 「そうなんですか」 多分、この王子にはこういう些細な癒しが必要なのだろう。 そう思いながら表情には出さず、ただ笑って頷く。 「ええ。 ……ああ、もうなくなっちゃいました。ごめんねレミファ。ファソラ。もうないんだ」 「レミファ〜」 「ファソラ〜」 イルファランスの言葉にあっさりと頷き、ぺこりと礼をした後ファソラはぎゅ、とイルファランスの服の裾を握ってから二人仲良くぱたぱたとどこかへ走っていく。 「あーあ。行っちゃった。いっつも食べ終わるとすぐいなくなっちゃうんですよ。淋しいな」 「でも好かれてますよね」 つまらなそうに立ち上がるイルファランスにぶつからないよう追従しながら先ほどファソラが握っていた辺りを眺める。 「ああ、さっきのアレですか? 手を拭いただけですよ」 「………………そうなんですか?」 あっけらかんと笑うイルファランスに、顔が引きつるのを感じる。 そうなんです、と頷きながら楽屋裏から共に抜け出しつつ 「あはははは、そんな顔しないで下さい。ファソラはいつも食べ終わった後気になるのか自分の手を舐めちゃうくせがあるみたいなんで、前にそれなら僕の服で拭きなよって」 「はあ……そうなんですか……」 「そんな呆れないで下さいよ。それに大して油なんて付きませんし、どうせ戦闘後はもっと凄いことになるんですし」 「なんといいますか……どこでも一緒なんですね……」 「はい?」 苦笑いを浮かべて呟くベルナデットに、意味が分からず小首を傾げる。 「いえ……多分、一般的な人の王族や貴族に対するイメージの中には、汚れるのを嫌がる、といいますか、潔癖といいますか……そんなイメージがあると思うんですけど」 「ああ、ありそうですね。実際、身だしなみには気をつけるよう言われてましたし」 「でも、うちの王族は泥を見つけたら率先して泥遊びを始めるような……でもこれは殿下には言いすぎですね。失礼致しました」 「泥合戦って大好きです」 「……実は、私もです」 「……」 「……」 「あはははははははははは」 「ふふふふふふふふふふ」 脳裏に故郷の王族たちでも思い描いているのだろうか、遠くを見つめながら話していると、流石に失礼と気付いたのだろう、謝るが、間髪入れないその言葉に一瞬絶句し、視線をイルファランスの目に合わせながら悪戯っぽく微笑みながら告白すると、やはり一瞬の間を置いて同時に笑い出す。 二人で笑いあっていると、後から不思議そうな声がかかった。 「あの……? 王子、ただいま戻りましたが……?」 どことなく申し訳なさそうに割り込んで来たのは、女王騎士見習いにしてイルファランスの専属護衛、リオンだった。 そういえばいつもイルファランスの近くに控えているのが当然なのに、今まで一体何所にいたのだろうと不思議に思ってベルナデットが視線を向けると、リオンの手に抱えられた物に目が止まり、謎が解ける。 「今日和リオンさん。お弁当を買いにいってたんですね」 「今日和、はいそうなんです」 二人分にしては随分と大きい袋を抱えながら頷くリオン。 「ところでベルナデットさんはお昼はまだですよね?」 「ええ? そうですけど……」 どうして知っているのだろう、という思いが顔に出たのか、問いかけるより早くリオンが答えを口にする。 「並んでる間もずっとテントを見てましたから。ベルナデットさんが王子のしっぽに気付いて入っていくところも見てたんです」 お使いをしている間も護衛は護衛、ということか。 いやむしろ、楽屋とレストランが隣同士というよりは、一つの店と呼んでいいほどの近距離だからこそ僅かとはいえ離れることが出来るのだろう。 考えが至り、納得したところでふと、妙な言葉に気付く。 「しっぽ……?」 心の底から訝しげな声に、イルファランスとリオンが顔を見合わせて笑う。 「あははは。確かレルカーの子だったかな? 僕のこの長すぎるスカーフをしっぽと評してくれた子がいて。気に入ったのでその呼称を採用させてもらうことにしたんです」 「私も、最初はそれはどうかと言ったんですけど……いつの間にかうつっちゃいました」 「そ、そうなんですか」 「あれ? 嫌ですねベルナデットさん。そんな呆れた顔しないで下さいよ。王族だからって気取らない、というのは、どこも同じではないんですか?」 「殿下……そうですね」 揶揄するようなイルファランスに苦笑するしかないベルナデット。 「まあそれはともかく。僕のしっぽがなかったらお食事をされていたんですよね? 宜しかったら一緒に食べませんか?」 「ええ、それは喜んで。じゃあ私も買ってきますね」 「あ、それは結構です。だよね、リオン?」 あっさりと話題を変え、誘いに頷くとそのまま列の出来ているレストランに並ぼうとするのを慌てて引き止める。 確信のこもったイルファランスの視線を受け、リオンはうっすらとどことなく得意気な笑みを浮かべると 「はい、そうおっしゃるだろうと思ってベルナデットさんの分も買っておきました」 そう言って抱えた袋を掲げてみせる。 「『ベルナデットさんがよく注文するので最近食べていないものをお願いします』と注文しましたので、多分大丈夫だと思いますよ」 「うん、流石だ。リオン」 「ありがとうございます、王子」 褒められ、嬉しそうに微笑むリオン。 「わざわざすみません。おいくらでしたか?」 『勿論、結構です』 「そうですか、有難うございます」 二人同時に断られ、お礼を言ってしまうことにする。 「じゃあ何所で食べましょうか」 冷めないうちに、と辺りをみまわすが、流石に時間が時間だけに完全に空いているテーブルはない。 相席ならば可能だが、目の前に王子と女王騎士見習いに座られては相手が恐縮してしまうかもしれないし、ここはどこか別の場所に行くべきか。 そう判断し、提案を口にしようとしたところで 「王子殿下ー」 後から声がかかった。 内心驚いて振り向くと、そこには4人掛けのテーブルにネリスと二人で座ったヤールがぱたぱたと手を振っていた。 隣で言葉遣いについてネリスが何やら言っているが、完全に無視したままヤールがにこにこと 「席をお探しなんですよね? 良かったら一緒にどうです? 椅子はまあ……あー、すいません、その椅子空いてますか? あ、大丈夫ですかありがとうございますー……とハイこれでおっけー、と。まあちょっと狭いかもしれませんがまあ別にこのくらいなら平気ですよね」 イルファランス達が何も言わないうちにてきぱきと隣のテーブルから椅子を借りてテーブルに設置し、自らも座りなおして再び手を振り出す。 「ありがとう、ヤール」 見事な手際にどちらかと言うと苦笑しながら設置された恐らく一番狭いと思われる椅子に腰掛けるイルファランス。 「王子、私がそちらへ座りますから」 「ごめんねリオン。早い者勝ちなんだ。それで、何を買ってきてくれたのかな?」 「王子……はい、とりあえずこんな感じです」 にこやかなその表情に、もう何を言っても無駄と悟ったリオンがイルファランスの斜め隣の席に着きながら購入品を並べだす。 素早くテーブルに広げられたのはカニパンチ丼、ビーフシチュー、ロールキャベツが一つずつ、フルーツポンチと野菜ジュースが三つずつだった。 「こ、こんなに入ってたんですか。すみません、重かったですよね」 予想以上の品揃えに驚くと、リオンはこれでも女王騎士見習いですからこれくらい平気ですよといって笑う。 「それじゃあ私はどれも好きなんでどれでもいいんですけど、ベルナデットさんはどれがいいですか?」 「えっとではロールキャベツで」 一瞬ビーフシチューと迷ったようだが、そう言うと申し訳なさそうにロールキャベツを引き寄せる。 「はい、ではどうぞ王子」 そう言って迷わずカニパンチ丼をイルファランスに渡すリオン。最後にビーフシチューを自分の元に引き寄せる。 「ありがとう。 ――ヤールさんとネリスさんは何を食べていたんですか?」 嬉しそうにカニパンチ丼を両手で受け取りながら二人の皿を覘きこむ。 ネリスはポテトサラダを食べていたようだが、ヤールの皿は既に空になっていた。 「ああ、俺はウナギの蒲焼だったんですがね。いや、しかし殿下もそういうのをお食べになるんですねぇ」 うきうきと唐辛子の効いたカニパンチ丼に箸をつけるイルファンスを面白そうに眺めながらヤールが言うと、イルファランスは困ったような、愉快そうな顔で 「うーん、イメージで物を言われるのは今日何度目でしょうか? ベルナデットさん」 「殿下……」 「はい? 何の話で?」 「いえ、先ほどもベルナデットさんに王族だけど泥遊びが大好きとか、王族だけど気取らないとか、そんな話をしていましたので」 話が見えず、不思議そうなヤールにくすくすと笑いながら微妙に誤解されがちな表現で告げるイルファランス。 「僕、カニパンチ丼大好きですよ? そんなにおかしいですか?」 そのままの表情で尋ねると、得心の言ったようすでヤールが 「ああーなるほど。でも殿下、俺は別に王族だからって言ったわけじゃないですよ? どっちかと言うと殿下の場合は顔ですね」 「…………」 悪びれず伝えられた内容に、なんともいえない表情になるイルファランス。 幼少の頃より容貌を褒め称えられるのは慣れているし、自分でも正しくその通りだと認識してはいる。それに母譲りの姿を褒められるということは間接的に母を褒められているのと同じだから褒められるのは好きだ。好きだが、こんな風に言われるといつも通り謙遜を含んだ笑顔で控えめなお礼を言うに言えない。 更には一時期ミアキスに、王子はクロワッサンと果物しか食べてはいけない、と強要されそうになったことまでもが脳裏でフラッシュバックし、固まっていると 「いやあ、うちのお偉いさんはまあ殿下には敵いませんがそれなりにいい顔なんですけどね。でもやっぱり豪快なイメージがあるから何食ってもそんな違和感ないんですけど。殿下は線の細い美少年ですからねー。ああ、ベルナデット様も美人ですよ勿論? でも親父殿が親父殿なんでやっぱり繊細ってよりは健康美人で」 「ヤ、ヤール殿! いくらなんでも失礼ですよ!」 尚もぺらぺらとしゃべろうとしていたヤールを遮って、はらはらしながら聞いていたネリスが堪えきれずに叫ぶ。すると、珍しく部下の忠信を聞き入れてマシンガントークが止まった。 「ああっと、これは失礼。でも別に悪口は言ってませんよ。むしろ褒めてたんですがね」 しかし、反省はしていないようだ。 まあ、確かに内容は褒めているに部類するので、イルファランスに対する如何なる侮辱にも過敏に反応するリオンも、どうしようか迷っていると 「王子殿下、ベルナデット様、上司が失礼致しました」 生真面目なネリスがヤールに代わって深々と頭を下げた。 「いえ、確かに悪口は言われてませんから。それに、ネリスさんが言ったわけじゃないですし、そんな顔を上げて下さい」 慌ててイルファランスがとりなす。続いてヤールも 「そうそう、それにサラダ、もう食べないなら俺がもらうけど。いいか?」 「やめて下さい! どうしてあなたはいつもそうなんですか……」 「まーまーそう怒らないで。俺も食べるなら取らないし」 がばりと頭を上げ、うんざりとした顔で皿を引き寄せるネリス。それと同時にかけあいもまた始まるが、しかし、それで群島諸国美人も台無しであるかと言えばそうでもなく、むしろ彼女には憂い顔が一番似合うという噂もある。 そういえばベルナデットさんも影を帯びた表情が似合うんだよなー、などともはや現状とは逸脱した考えにイルファランスが思考をめぐらせていると 「しかし、ここの料理は全部ウマイですよね」 いつの間にか言い合いが終わったらしいヤールが心から感心した風に話しかけてくる。 隣のネリスはより悲しげな表情で潰されたポテトをつついているが、なんとなく放っておいても大丈夫のような気がしたのでとりあえずは話しかけれたことに答えることにする。 「ええ、僕もそう思います。レツオウさんは素材がいいからだって言うけど、やっぱりそれを生かす料理人の腕があってこそ、ですよね」 「全くですな」 「ところで、群島諸国ではどんな料理を食べられるんですか?」 リオンも興味を持ったのか、シチューを掬う手を止めて尋ねる。 「ええと、やはり魚が多いですよ。ねえ?」 「ていいますか、魚を取ったらかなり悲惨なことにもなりますね」 「そうなんですか……じゃあ、パイとか、お菓子とかも魚を使った……?」 自分でいいながらどのような味になるのか想像がつかず、珍妙な顔になるリオンに、ベルナデットとヤールは揃って笑いながら 「魚の入ったパイはちょっと勘弁ですね。そうですねー。まんじゅうとかが人気ですね」 「まんじゅう?」 聞きなれない名前に首をかしげるリオンとイルファランス。 「まあお菓子でもあるし、ご飯代わりにもなるんですけどね。こう薄力粉とか強力粉とか芋と上新粉とか小麦粉とか、まあそんなのと水と砂糖を加えて作った皮にあんこを包むんですがね。結構いろんなバリエーションがあって美味いんですよ。中身も、あんこだけじゃなく肉とか……ああ、カニ肉とかもありますね。あとはエビとマヨとかも。群島諸国の人間ならまあ食べたことないって奴はいないでしょうね」 「わあ、凄く美味しそうですね! 食べてみたいです!」 食事中だというのにまだ見ぬ美味に思いを馳せ、きらきら目を輝かせるリオン。 イルファランスもまた力強く頷き 「リオン。僕は決めたよ。この戦いが終わったら絶対に行こう!」 「はい!」 確固たる意志を確かめ合うように見つめあう二人。 いくら王子だ女王騎士見習いだと言ったところで、こういうところはまだまだ子供、と言ったところか。 「ふふ、ではその時は喜んで案内をさせていただきますね」 微笑ましく思いながらベルナデットが請合うと、イルファランスは丁寧に頭を下げつつ 「はいお願いします。提督にも御礼を申し上げないといけませんし」 「いえそんな。あの人は楽しんでいるだけですから、気にしないでいいんですよ」 確かに父親は殊更王子を気に入ったようだし、会えばまた大喜びするのだろうが、きっとまた起こさなくてもいい騒動を起こすだろう。そしてその後始末をするのは自分なのだ。 想像と言うには生々しすぎるその光景を思い描きながら謹んでご遠慮申し上げようとするが、イルファンスは沈痛な面持ちで被り振ると 「ベルナデットさん……そんな事を言わないで下さい。是非ともお伺いしたいんです」 「で、殿下……?」 思いもよらず真剣に見つめられ、困惑する。そんなに感謝していてくれていたのだろうかと口を開こうとしたとき、向かいに座ったヤールがああ、と声をあげる。 「成る程殿下、そういう名目ならそりゃ反対する人も少ないでしょうしね」 「はい!」 「流石です王子!」 真実を言い当てたヤールに屈託なく頷き、リオンは追従ではなく褒め称える。あんまりといえばあんまりな会話に残るベルナデットとネリスがなんとも言えないが決して良くはない方向の表情を浮かべていると、 「そういうわけですのでベルナデットさん、その時は宜しくお願いします」 「……わかりました。お待ちしております」 柔らかく、思わずときめいてしまいそうなくらいいい笑顔で駄目押しをくらい、ベルナデットは降参することにした。 「『――ということですので、この戦が終わりました折には親父殿へ表敬訪問に来られるおつもりのようです。ダシとは言え、良かったですね。』……」 そこまで読み終えたところで、群島諸国連合艦隊提督スカルド・イーガンは、ついに顔に浮かんでくる笑みを押さえきれなくなった。 「提督、そんなにいいことが書いてあるんですか?」 大きく無骨な手で顔を覆うスカルドに、信書を差し出した部下が好奇心もあらわに尋ねると、スカルドは充分に細まった目をさらに弓状に細めながら 「うむ! また生きる楽しみが増えたということだ!」 それはそれは嬉しそうに破顔する。 「またまた、まだそんな御年でもないでしょう」 「はっはっは、いやしかしもう孫がいてもおかしくない年ではあるぞ?」 お世辞でもない部下の言葉に上機嫌を隠しもせず豪快に笑う。それに対し部下も笑いながら 「あーまあそうですね。ベルナデット様ももうご結婚されてもおかしくないですしねー。 ……どうします? 提督。ベルナデット様が向うでお婿さん見つけてきたら」 「許さん!」 多分に笑いを含んだ質問に、脊椎反射の領域で答えるスカルド。笑顔が消えている。 「あははは、そんな怒らないで下さいよ。仮定の話じゃないですか……じゃあ、その相手が提督お気に入りのイルファランス王子殿下でしたら?」 「………………駄目だ」 今度は幾分複雑そうな顔になっている。 「はあー、あの王子殿下でも駄目なんですか。これはベルナデット様もそのお相手も大変だ」 「ええい、五月蝿いぞ! ともかく、用がすんだなら下がってろ! まだ手紙も途中だというのに」 「は、かしこまりました提督! ……父親も大変ですねー」 「はっはっは、何か言ったか?」 「いえ何も! それでは失礼致します!」 「……ったく」 わざとらしいほどに生真面目に敬礼をして退出していく部下を見送り、途中だった手紙に再度視線を落とす。 『また、王子殿下に親父殿のことを聞かれましたので素直にお話しましたら、何故か共感と、王子殿下は隠そうとしていたようですが同情をいただいてしまいました。歴代女王騎士長最高と謳われた王子殿下のお父上と、親父殿でどうして共感する部分があったのか大変今でも心から不思議ですが、豪快な方であったようですし、きっと奔放なお父上に困惑されることもあったのだろうと勝手ながら推測します。そして、それ以上に不思議なのは、あの良く出来た王子殿下が隠しきれないほどに同情されたのは一体何故でしょうか。私はただ、素直に普段の親父殿の言動をお話して差し上げただけなのですが。何故だと思われますか? 親父殿。 ……ともあれ、王子殿下に群島諸国の誇るまんじゅうの数々を味わっていただく為にも早くこの戦が終わるよう、微力ながら私も精一杯お仕えしようと思います。またその時、王子殿下が一体どのような視線を親父殿に向けられるか、楽しみな気も致します。 長くなりました。それでは親父殿もお体にお気をつけて、またあまり周りに迷惑をかけないようお過ごし下さいませ。』 「……ベルめ」 生真面目な書体でそう締めくくられた手紙を読み終え、スカルドは苦笑を漏らした。 「なんだか性格が嫌味になってないか?」 そう一人ごちながら丁寧に手紙を封筒に戻して専用の箱に保管する。 「おい! いるんだろう?」 一呼吸置き、ドアの向うへ声をかける。 するとすぐに先ほどの部下が現れた。 「はい、なんでしょうか」 「うむ、何大したことではないんだがな。この俺が誰にも気付かれずにファレナにいるイルファランス王子殿下に会いに行く事は」 「絶対に無理です! 止めて下さい!」 野性的な笑みを浮かべて質問するスカルドにみなまで言わせず。部下は必死の形相で叫んでいた。 「ふむ、やはりそうか。まあ、俺がここを離れては狸どもの調停もままならんしな」 「そうですその通りです! 分かってるなら冗談でもそんなこと言わないで下さい心臓に悪い!」 「はっはっは、仕方ない、ベルに負けぬよう俺もここで頑張るか。うん、もういいぞ」 「そうして下さい……ってあ、これさっきの仕返しですか仕返しなんですね!?」 「ああ、そうだが?」 ぐったりとしたまま退出しかけ、はっと気づき迫る部下に飄々とした笑顔で堂々と肯定する。 「提督……なんて大人気ない……それでは、失礼致します」 「うむ」 今度こそ退出した部下を笑い声で送り、スカルドはくるり向きを変え、壁へと近づき、そのまま頭を預ける。 ここからでは当然ながら海は見えないが、確かにこの先に娘達がいる。 「やれ、本当に頑張らねばな」 ぽつりと呟き、直ぐにまるでらしくない行動に小さく笑った。 END キリ番5555、「オベル関係者と王子を絡めた小話」でした。 マヨさん、リクエストありがとうございましたv ……ですが、なんだかとても微妙にお題を曲げている気がしてなりませんが、これは私だけでしょうか……。 最初はもはや趣味に走ったドレミの精話ですしね。 ……なんだかドキドキして参りました。 一応群島諸国全員出しましたが……絡めた? 多分本命なスカルドなんかベルナデットの手紙経由での関わりですしね……。 まだまだ至らない私ではありますが、これから少しずつでも精進していければと思います。 またお待たせ致しまして申し訳ございませんでした。このようなもので宜しければどうぞお納め下さいませv 5555HIT有難う御座いました! |