57,お残しは許しません






 ほとんど何も考えないまま、手を振るう。
 思考はいらない。身体が覚えているから。
 朱色に染まる視界。
 でも何も考えない。
 何か考えてはいけない。
 誰かが何かを叫ぶ。
 その音は耳に入る。
 でも、それは声として、言葉として僕の耳には入らない。
 だって、何も考えてはいけないから。
 今はただ、手を動かすだけ。
 嫌になる位手に馴染む柄が、刃から伝わった血で、切り裂いたその時の返り血で滑ってきた。
 まずいか? まだ大丈夫か。
 また、誰かが何かを叫びながら僕に向かってくる。
 目に恐怖を宿らせながら、両手で剣を振りかざし。
 そして、僕に斬られる。
 その顔は、見たことがあると記憶の片隅が言っている。かつて言葉を交わした相手だと。
 でもそんなのは関係ない。
 だって何も考えないんだもの。
 周りを見回し、誰も動くものがいないのを確認して、倒れただれかの服で刃と柄の血をぬぐう。
 刃こぼれが酷くないかみて。
 うん、大丈夫。
 さあ、次へ行こう。
 早く皆のところへ行き。
 そして刃を振るおう。
 僕たちだけが知っている競争だ。
 世界が終わるのが先か。
 僕が人を殺しつくすのが先か。
 どちらにしても、世界は終わるけど。
 でも、もうそれしか残されていないというのなら。
 君が僕をとめないのなら、もう、僕の望みは君だけは殺さないことだから。
 さあ、次へ行こう。
 お残しは、許しません。





  *花帰葬部屋へ*