085.気の向くまま






 「ルック。構ってください」
 ビクトリア城。いつもの石版前。
 来るなり子犬のように小首を傾げながら上目遣いでお願いしてくる、巷では英雄とか言われるタクトを一瞥して
 「帰れ」
 「酷いですね」
 くきっと首を戻してゆったり笑う。
 「気持ち悪いんだよ。何今の」
 「シュウユウの真似ですよ。ここに来る前一回やってみたら、効果抜群だったのに」
 「……誰に?」
 げんなりと尋ねると、ふふ、と笑い
 「シュウ軍師殿」
 「…………で、どんな効果だって?」
 嫌な予感ばりばりで尋ねると
 「お願いを聞いてくれましたよ。なんだか頭を押さえてましたけど」
 哀れ、軍師。
 一体どんな願いであるにせよ、ロクなことではないだろう。
 一瞬同情してから、まあいいけどとすぐに頭を切り替える。
 「で、なんであんたは毎回僕のところに来るわけ」
 「こんなに毎回来ているんですから、そろそろ諦めないかい?」
 隣に座り込んで居座る気満々のタクトを睨みつけるが、さらっと切り返され、はあ、とため息をつく。
 「邪魔」
 「素直じゃないね」
 「……馬鹿じゃないの?」
 「君と同じくらいかな?」
 「あんたと同じなんて、ぞっとするね。気持ち悪い事ばかり言わないでくれる」
 「じゃあ、遊びましょう。シュウユウ、シュウ軍師と缶詰中で」
 穏やかに笑って話をぶり返す。いや、もともと構って、といって来たのだから、現時点で充分に叶えているのか。
 はっと気づき、嫌な顔でタクトを睨むルック。
 こちらは分かっていたので、余裕で微笑を返す。
 「……熊でも青いのでも、いくらでもいるだろう」
 「あの二人は、僕がちょっと笑いかけただけで怯えるんですよ」
 苦し紛れの提案はさらりと却下。
 「……まあ、あんなのでも学習能力はあるんだろうね」
 「そんなに酷いことはしてないですよ? それに、彼らは反撃してこないので」
 苦笑しながらの意外な言葉にルックが少し驚く。
 「何。あいつらやられっぱなしなの」
 本物の馬鹿なのか、と失礼な事を言うルックにタクトも同意しつつ
 「怖がってるのか、馬鹿みたいに気後れしているのは知りませんが。楽しくないんだよね」
 「……まあ、じゃあ放蕩息子なら」
 「探しに行くのが面倒くさいです」
 またざっくりと切られ、しばし考えるルック。
 「……フッチは。あの白い幼竜、ブライト。あんた可愛いっていってたし」
 「年下はねえ……」
 「……ちょっと、僕はどうなるのさ」
 「ルックは別」
 「……そもそも、あんたの『遊ぶ』は、『いたぶる』っていう意味しかないのかい」
 うんざりとしたルックのつっこみに、タクトの動きが止まる。
 「……あれ?」
 「……あんた、本気で頭おかしいんじゃないの」
 「いえ……あー。遊びって、そういえば、遊ぶって意味でしたね」
 「……」
 「えっと。じゃあ、フッチのところでも行こうか?」
 流石に若干気不味げに笑いながら立ち上がる。
 数歩前に出て、ぴたりと止まる。
 「ルック」
 「何で僕までいかなきゃいけないのさ」
 「ルックは道連れ、偶には情けというでしょう」
 「その沸いた脳、外行って冷まして来い」
 妙な諺を作られ、心底嫌そうに手をふる。
 「ルックも来るなら」
 「あ、ちょっと」
 ひょい、と何気ない動作で石版に立てかけられていたルックの杖を掴み、肩にかけてトントン、としつつ。
 「では、屋上にでも行こうか」
 「……仕方ないね」
 やれやれ、と呟いてもたれていた身体を起こす。
 「……ブライトじゃなかったの」
 「それを言うならフッチ、といった方がいいんじゃあ? まあ、気の向くままに、ですね」
 伸ばされた手に杖を返す変わりに自分の左手を繋げながら嬉しそうに笑う。
 「放せ馬鹿。どこまで気色悪いんだあんたは」
 「じゃあフッチは帰り、ということで」
 「話を聞け!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら。
 それでも傍目には結構仲良く出かけていった。






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