076.残り香






 「はーい、時間でーす。皆いるねー」
 ビクトリア城石版前。
 前日のうちに戦闘に行くぞ、と伝えられていた面子を一人一人確認して、シュウユウは満足そうに笑った。
 今日のメンバーはシュウユウとここ数日泊り込みのタクト。ルックにクライブ、フリックにシーナという、町に出るところか今でも女性陣の熱い視線を贈られるような組み合わせだ。
 もっとも、シュウユウは別に意識してやっているわけではなく、単に思いつきと戦い易さで選んでいるだけなのだが。
 しかし、そういうことに五月蝿い男が一人。
 「なー、つーかさシュウユウ」
 頭に手を組んだ状態で、だらけきった表情のビクトリア城きっての軟派野郎、シーナだ。
 「まあー美形っちゃ美形なんだけど、こーんな男ばっかでやる気、全然起きないんですけど?」
 言いながらシュウユウに近づき、がしっと肩に手を置き、微笑みかける。
 「だから、俺外すか女の子いれて?」
 お願い、と可愛らしく首を傾げるが、シュウユウの顔は険しい。
 「んーな怖い顔すんなって。第一、やる気ない奴連れてったってしょうがないだろ?」
 はははーと陽気に笑って見せるが、シュウユウは何故か肩に置かれた手を更に握り返し
 「……やる気ないとかいったらルックはいつもやる気ないからそれはいいんだけど。それより、シーナ」
 「あ、な、なに?」
 握られた手に戸惑った視線を向けながら答える。すると顔を若干近づけつつも更に眉を顰めながら
 「煙草の、匂いがする……」
 その指摘に、シーナはああ、と安堵した声で
 「わっり。残ってた? 一応残らないよう気ぃ使ってんだけどさ」
 「そういうこと言ってんじゃないっ」
 がつっ!
 「っ!?」
 突然の叫びと共に鳩尾を蹴られ、目を見開いて体を曲げるシーナ。
 「……っ、な、なに……」
 呻くと、更に屈みこまれた頭を容赦なく殴りつけつつシュウユウが叫ぶ。
 「何煙草なんて吸ってんだよ! 死にたいのか馬鹿ッ」
 「うう……ていうか今死にそう……」
 更に頭を押さえて涙ぐむシーナ。
 そこを胸板を掴み、無理矢理ぐい、と自分よりも背の高い青年を引き立たせながら
 「いいか! 煙草なんてなあ! 百害あって一利もないんだぞ! お前は肺癌になりたいのかッ!」
 「うー、てかさ、顔。近い、近いって」
 「真面目に聞けッ」
 ばっちーーん
 手加減無しの平手。
 「あのね! 煙草なんて吸ったら肺癌確立が急上昇なだけじゃなく、例え発症しなくても某国が十数年年単位の調査をしたところ、喫煙者は非喫煙者に対して寿命が10年近く短いんだ! 分かったか! 分かったらやめろ今すぐやめろ!」
 「わ、分かった……」
 じんじん痛む腹と頭と頬と。シュウユウの凄まじい気迫に真っ青になりながらこくこく頷くシーナ。
 「おーし。じゃあ持ってる煙草全部出せ」
 言って空いている左手を突き出す。おどおどとした手が手の平の上に小さな皮袋を渡す。
 「ん。じゃあルック。これ最初の戦いで敵と一緒に切り刻んで」
 「……仕方ないね」
 投げられた皮袋を難なく受け取りながら珍しく快諾する。
 「さてと、シーナ」
 手を話しながらシュウユウが満面の笑みを向ける。
 「お、おう」
 「もし、次吸ってるの見たり、残り香がしたら、多分後悔するのシーナだから」
 「……一気に完全にやめるのって、大変って聞いたんだけど……」
 「ホウアン先生がなんか抑えられる薬作れるはずだよ。あと、じゃあ町いったらキャンディー買ってやるから」
 「……はーい」
 がっくりとうなだれるシーナを楽しげに見やりながらふと何かに気付いたように後で成り行きを見ていたメンバーを振り返る。
 「ちなみに、煙草すっている人?」
 一斉に首を振る面々。タクトは愉快そうに笑いながら。ルックとクライブは当然と言う顔で。フリックは……若干目が泳いでいる。
 「………………フリック」
 視線を合わせると、フリックは明らかに動揺した声で
 「い、いや! 俺は吸ってないぞ! なあタクト、解放軍の時も俺が吸っている所、見たことあるか!?」
 ぶんぶんと手を振りながらタクトに救いを求めると
 「うん、そうだね」
 「ほら! な!?」
 「……でも、たまに匂いがしたけどね」
 ほっとしたのもつかの間、さらりと付け足された言葉に顔が強張る。
 「フリックー?」
 にっこり笑いながらトンファーを振り上げるシュウユウ。
 「まて! 違う! 違うんだ! たまに、他の奴に薦められた時だけだッ!」
 「本当ー?」
 うふふふふ、と怪しげな笑いを浮かべるシュウユウに、先程のシーナに負けない勢いでコクコク頷きながら
 「本当だ! なんなら今ここで身体検査でもなんでもしてくれ!」
 「うーん……じゃあ、信じるよ。でも、もう吸っちゃだめだよ?」
 「ああ、分かった」
 神妙に頷くフリック。
 「よし! じゃあ変な出だしになったけどそろそろ出ようか!」
 「え、いやメンバー」
 「シーナ。君はまだ何か言うのかな」
 「……いやなんでもないです」
 「では皆が気持ちよくなったところでしゅっぱーつ!」



 翌日、喫煙者の間ではシュウユウの前で煙草を匂わせるのは大変危険という情報が矢のように駆け巡ったとか。
 
   









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