本当に、鬱陶しい奴だった。 お前に出会った事、本当に後悔しているよ。 もう夜の闇に溶け込んで、見分けるのが難しくなった広がる黒髪をただただ見つめる。 だから、俺に近づくなと何度も何度も言ったのに。 何度も差し伸べられた手。 そのことごとくを無視して、無視して。 お前は淋しそうに笑うくせに、それでも懲りずについてきて。 何度も帰れと言ったのに。 グローブから覗く白く細い手。 その手はもう弓を引くことも、俺に伸ばされる事もない。 ああ、なんでこうなったんだろう。 こうならないように、ずっと否定し、拒否しつづけていたのに。 心を開かぬよう、ずっと目を背けていたのに。 お前も悪いんだぞ。 あまりにもずっとついてくるから、もうどうしようもなくて、俺の年も、この右手に宿る忌々しい紋章のことも、話してやったのに。 なのにお前ときたら。 だから大人っぽいんだね、なんて言って笑いやがって。 翌日も、変わらずあれこれ一人でしゃべりながらついてきて。 信じられない馬鹿だと思った。 だからそう言った。なるべく辛辣に。 そうしたら、ありがとう、なんて言いやがって。 何度も帰れと言ったのに。 結局、こんな別れ。 人によってはある意味別れではないと言うかもしれないが、俺にとっては別れだ。 夜風にさらされ、濡れている頬が、顎が、首が冷たい。 でも、お前はもっと冷たいんだろうな。 すっかり冷えた身体の中、そこだけが熱い右手を伸ばす。 熱が移るかなと思い触れた身体は、ちょうど、周りの気温と同じぐらいになっていた。 「……この、馬鹿……」 声を出さないよう歯を食いしばっていたのに、漏れてしまった声はいっそ笑えるほど嗚咽が混ざり、ほとんど意味不明な発音になっていた。 昼間から、ずっと、ずっと立ち尽くしていたけれど、自分はともかく、いつまでもお前をここままにはしておけない。 本当なら、実家に、でなければ島に還すのがいいのだろう。 だけど、俺はお前の出身地なんて知らない。 それに、今の季節がいくら寒いとはいえ、あまり長距離を移動させられないだろう。 拠点としていた土地や、お前のいた森。どちらにせよ、若干遠すぎる。 ……悪いが、近場の森で我慢してくれ……。 もはや魂など宿っているはずもない、だけど確かにお前だった、傷一つない身体を起こそうと、左手も伸ばす。そいえば、倒れたそのまま、うつ伏せにしていたままでいたのも悪かったかと思いつつ。 「……っ!」 そっと起こしたその身体。その顔を見て息を呑む。 信じられない。 なんで笑っているんだ? 薄く開いたままの瞳はどんよりと濁り、もう何も映していないのけれど、その目元も眉も口も。 暗い闇の中、白く浮かぶ表情を間違える事ができないくらい、笑みを形どっていて。 本当に、馬鹿じゃないか? また、頬を最初は熱く、しかしすぐに冷やされ、冷たくなるものが通る。 片手で身体を支え、残った手で硬直した瞼をほとんど力技で閉じる。 そのまま一気に身体を抱き上げる。 自分より大きなその身体はずっしりと重く、自分の罪を実感させられる。 「……悪い、さっきのなしな。お前は、悪くないわ。全部、俺の責任だ」 下を向くと、水滴が服に染みてしまうから、上を向いたまま懺悔する。 そして、頼りない月明かりを、それでも頼りに歩き出す。 「…………………………ありがとう」 ああ、俺と、この呪われた紋章に、災いあれ。 |