堕ちる。 唐突に地から解き放たれた身体は、そのまま重力に引かれ下へと落ちていく。 ひらひらとした衣装が舞い上がるけど、それは速度を緩和する役目を果たすには程遠く。 さしたる距離でもなかったし、それは一瞬のことだったけど。 瞳を上に向ければ、映るのは、予想通りの笑顔。落ちていく自分の瞳を正確に追跡しながら笑う顔達を睨みつけた所で、衝撃が襲った。 ――っしゃん! 体勢を完全に直すことも出来ぬままに落ちた為、水面に打たれた身体が痛い。そして、その一瞬後に直ぐに肌に伝わる刺すような冷たさ。 派手な水しぶきを立てて落ちた身体は、浮かび上がる前にまずはそのまま沈んで行く。 全身が完全に水に覆われ、尚も沈み、水を蹴る力で補助を加えて漸く再び水面から顔を出す。 そして、同時に落ちる、いや落とされる瞬間、転移封じーという言葉と共に口へ詰められた布も引き出す。 大きい音を立てないように、しかし大きく息を吸い込み、きっ、と上方を睨みつける。 「――っの、馬鹿共ッ」 怒鳴りつけると、楽しそうに笑っていた笑顔が更に深くなった。 「やー。ルック泳げたんだねー」 「中々上手ですね」 目を見開いたまま水しぶきを立てて落ちたその丁度中心から顔を出し、水を滴らせながら剣呑そのものの表情でこちらを睨みつけてくるルックに、シュウユウとタクトは心からの賞賛を表して拍手を送る。 すると、それが気に喰わなかったのだろう。ますます眦を吊り上げながら詰めた瞬間から取り除こうと努力していた布を片手に握りしめ、何かを呟く。 「えー? なにー? ルック、聞こえなーい」 「――切り裂きッ!」 「守りの天蓋」 耳に手を当てて聞き返すシュウユウに、間髪入れずに叫ぶように解き放たれた言葉と共に、普段牽制用に使う風の刃、ぐらいのものではなく、対モンスター用の竜巻が突如として目前に現れる。 轟音を立てて周囲の風景すら霞ませる竜巻が二人を直撃する直前、ルックの行動を推測したタクトによる守りの天蓋が展開される。 ヴぁジィッ! 形容しがたい音を立てて相殺される呪文。 悠然と眺めながらシュウユウが朗らかに 「さんきゅな」 「いえ。僕も危なかったですし」 完全に竜巻の脅威が消え去ったのを確認し、一歩踏み出し、文句を言う。 「こらー! 危ないだろーが! 罰として魚とってきて! 出来ればサーモン!」 まだ一匹しかつれてないんだー、と余計に煽るような事を叫ぶシュウユウ。後でやれやれと苦笑しながら再び呪文詠唱を始めるタクト。 そして。 再び、恐らくは寒さの所為だけでなく肩を震わせながら何かを呟いていたルックがきっと二人を睨みつけ 「守りの天蓋」 「――」 「え?」 一瞬早く展開された守りの天蓋、輝く蔦の向こうに、てっきりまた竜巻が迫ると思ったのだが。 静かな眼前に戸惑うシュウユウ。 背後に、気配が生まれた。 「っと」 「わ!?」 慌てて振り返ると、そこには水を滴らせながらタクトの棍を握って振りかぶるルックの姿。 思いのほか勢いのある攻撃を足場を気にしながらもかわすシュウユウ。 「ってルックには流石に」 ――ばしゃーーーん ふふんと勝ち誇って言おうとした言葉が終わるより早く。 背後から聞こえたなにやら不穏な音に驚愕と共に左、先程までタクトがいた場所を見る。いない。 「うそーん」 「はっ!」 信じられない気持ちで呟くシュウユウに、一度確かに振り切った姿勢になったはずのルックが素早く体勢を立て直し、鋭い呼気と共に本当に魔法使いですかと言いたくなるような一撃を繰り出して来る。 「わ、ちょっと、そんな濡れたまま動くと風邪ひくよー?」 避けつつも笑いかけると、今度は何も言わぬままに連撃を繰り出す。 「おーすげー。つーか普段の戦闘でそれやれよって……!?」 ――ゴゥア 突然、背後から闇が膨れ上がるような気配がした。 「ええっ!?」 ルックも驚いたのか、棍を下げ、シュウユウの背後を凝視している。その視線を辿ると、案の定そこには先程のルックと同じく水を滴らせながら、顔と、右手だけを水面に出している英雄と呼ばれる少年の姿。 俯いたその表情は分からないが、漂わせる気配は果てしなく黒い。 「た、タクトー……?」 おそるおそる声をかけるシュウユウ。 一瞬落ちた静寂の中、くすり、と漏らされた小さな笑みが妖しく響く。 「……ルック?」 いっそ歓喜すら含んだ静かな狂気を思わせる声音で、そっと呼びかけるタクト。右手がますます黒く輝いていく。 「なにさ」 対する、やはり静かな、しかしこちらは明らかな怒気を含んだ声。 やる気満々、といったルックの調子にタクトはさらに唇を吊り上げる。いつもの穏やかで優美な笑みではなく、獲物を狙う猛禽の笑み。そして 「今です!」 「!」 タクトが叫んだかと思うと、ふいに背中に鋭い衝撃。一瞬肺が圧迫され、息をつまらせながら、体勢を整えようと一歩足を動かしたところで横薙ぎに足を払われる。 そして。 ばっしゃーーーーん! 誰よりも派手な音を立てながら水の中へと落ちていった。 「ぶはあっ!」 勢い良く水面から顔を出し、頭をふる。 「……あーーー! つめてーーーー!」 ばしゃばしゃと暴れるシュウユウ。動けば暖かくなるかと思ったのだが、まずは自らの水しぶきが顔にかかって余計に寒い。 「ふふふ。落ちましたね」 ころころと、楽しそうな笑い声に顔を向ければ、同じ様にぷかぷかと浮きながら先程までの黒さを微塵も感じさせないいつもの笑顔のタクト。 あの黒さは、単に自分の注意を向けさせるためだけの演技だったのか。 「……さいてー」 文句を言うと、返事は頭上から帰ってきた。 「いい気味だね」 「うるさーい。つかタクト、うらぎるなんてさいてー」 ルックにはべえーと舌を突き出し、タクトには恨めしげな視線を向ける。 「だって、僕も落ちてしまっては、君も落ちなくてはいけないでしょう」 「どんな理屈だよソレ」 「不公平ってことだよ」 「はー? あー。とにかく、寒いし。出よ出よ」 「ですね。ルック、お風呂に直行お願いします」 さらりと笑顔で告げられた言葉に、ルックの視線が険しくなる。 「いいじゃないですか。君だって寒いでしょう? それにホラ、こんな寒中水泳なんかして君の軍主様が風邪をひいてしまうかもしれないよ?」 「……馬鹿馬鹿しい」 吐き捨てながらも三人の身体を柔らかい緑色の光が包む。 そして、数秒後、彼らが消え去った後。 「……なんだかんだいって仲良いよなあいつら」 「……アニキ、それ、本人達に言わないで下さいね」 喧騒に一切構わずのんびりとお茶をすすっていたタイ・ホー、ヤム・クー義兄弟はやはりのんびりと呟いた。 ばしゃんっ! 「わっ」 「……やれやれ」 不満たらたらでルックが転移を唱えた後、すっかり慣れきった浮遊感が過ぎ去った後、シュウユウとタクトを包んだのは転移する前と同じく、再び液体だった。 ただし温度はいっきに30度は上がっただろう。 彼らが落とされたのは、風呂桶の中、それもドラム缶風呂の中だった。 直径2Mほどの狭い範囲の中に、数寸違わず中心にそれぞれ落としてみせるルックの力量を凄いとは思うが、当然面白くない。 凍えきった身体に突然のお湯は体に悪いというか痛いし。 文句を言おうとしてシュウユウがドラムから抜け出しながら周囲を見回したが、苦笑いをしながらやはりドラムから抜け出しているタクトの姿しか確認出来なかった。 「あれ。あいつは」 「脱衣所じゃないですか?」 きょとんとするシュウユウに、当然のように服を脱ぎながら脱衣所へと歩みつつ答えるタクト。 「服を着たまま、自分までドラム缶風呂に直行はしないでしょう」 「くっそー」 がらり。 シュウユウが呻いた時、脱衣所への扉が開いた。 タオルやら石鹸やら、入浴道具一式を持って済ました顔で入ってきたのは当然ルック。 「ルックー! お前なー!」 「僕にもお願い出来ないかな?」 怒るシュウユウ。頼むタクト。 はい? と思って目をしばかせたシュウユウは気付いた。 自分達と同じく、ずぶ濡れだったはずのルックが、それこそ髪の先ほども濡れていない。 そういえば、この通り服もずぶ濡れなのだし、今お風呂で温まったところで着替えもないのだ。 そして、ルックが持っている入浴道具は個人的なものではなく、よく戦闘後に入りに来る人々の為にテツが安値で販売しているセットである。つまり、時間的にみても更に転移で一度部屋に行って着替えを取ってきたというわけではなく 「風で乾かしたんだ? 流石風の妖精」 「……」 得心のいった顔で笑うと、ルックは無言で空いている右手を振るった。 ……ぅおうっ! 低い音と共に一瞬の衝撃。 とっさに目を閉じたシュウユウが再び開いた時、目に映ったのは隣のひのき風呂への扉に手をかけるルックと、すっかり乾いた服に満足そうな様子で更に脱ぎながら脱衣所へ向うタクトの姿。 早ッと自分も脱衣所へ向おうとして、足に絡みつくべちゃりとしたズボンの感覚。 ……生乾き。 「ってルックー!」 「あははははは、今のは君がお馬鹿さんなんだよシュウユウ」 ルックが消えた扉の向こうへ叫ぶシュウユウ。珍しくふふふ以外で笑うタクト。 「風の妖精なんて言ったらルックが怒るのわかってるでしょう」 「言い始めたのタクトだろ!」 「そうだよ。でも今使い方を間違えたのは君」 微笑と共に正論を言われ、うっとつまるシュウユウ。 共に脱衣所へ向いながら 「だって言いたくなったんだもん」 「そんな可愛く僕に言われても。とりあえず、少しは乾いたようだから、脱衣所に干してたら? でもってあがったらまたルックに言ってみるといいよ」 「……だなー。ともかく寒い」 「じゃあ僕は君の分も買ってくるから。先に入ってていいよ」 「え」 脱ぎながら歩いていたのですっかり上半身裸になったタクトが優雅な笑みで更に脱衣所から出て行った。テツがいるのは、男湯、女湯に分けられる前のところにあるので、多分きっと女性もいたりすると思うのだが。 ……そーいや貴族って裸に抵抗ないんだっけ? いやでもそれもなんか違うよな、と首をかしげながらとにかく寒いので再び湯船へと戻って行った。 ぷかぷか。 「いやー生き返るー」 「ビクトリア城のお風呂もいいお風呂ですよね」 「……」 「んだよ。まだ怒ってんのルック」 「……」 「しかしだれもいないですね。まあ貸切にこしたことはないけれど。これが隣の大理石だとちょっと寒々しいんですよね」 「だーから。ほんのじょーだんじゃん。妖精ぐらいでそんなに怒んなって」 ぷかぷかぷか。ぶくぶく。ぷか。 「……」 「なールックー」 ぷかぷかぷ…… 「あーもう鬱陶しいんだよあんたはっ」 「あっ」 やっぱり傍目には仲良く湯船に浸かりながら。 ルックの視界に入るように注意しながら指先で浮かべたり沈めたりしていたひよこちゃんを、ばっと奪われたシュウユウがどちらかというと嬉しそうな声をあげる。 「大体、なんでこんなものがあるのさ」 ぽい、と湯船に戻しながら不満げな声をあげるルックにああ、とタクトが 「テツさんに二つ分頼んだ時、シュウユウの分もっていったらつけてくれたんですよ」 「つかそもそも軍主様からも金とんなよって話だけどな」 「入浴代はただだから。備え付けのシャンプーとか買うための費用では?」 「……あー。そーいえばそんな書類みたよーな……」 「自軍のことくらい分かってなよ」 呆れたようにいうルックに、大事そうにひよこちゃんを両手で保護しながらだってー、と声をあげる。 「そういうことはシュウが詳しいんだよ」 「言い訳かい? それにそもそも、まだこの寒い中湖に突き落とされた事に対して何にも言われてないんだけど?」 き、と睨みつけるルックに、上がった後服を乾かして欲しいシュウユウはどう出ようか迷っているのか、複雑そうな顔で 「えー。でもそれは僕たちも落とされたし。おあいこじゃん?」 とりあえず可愛らしく笑いかけてみる。 「何がおあいこだよ。大事な用があるというから湖までわざわざ出向いてやったら、いきなり落されるとはね。一体あれはなんだったわけ」 思い出してきたのだろう。段々声のトーンを低くしながらの問いかけに、まあまあと肩を押さえながらタクトが 「それはホラ、あの時言ったことに全てが集約されていると申しましょうか」 「触るな。 ……あの時?」 嫌そうに手を払いながら言われてルックは思い出す。 確か自分が水面から顔を出した時、この馬鹿共は 「……泳げたんだね……?」 「おっ覚えてた?」 まさかと思いながら呟いた言葉に嬉しげに手を叩くシュウユウ。 「って! ちょっと! あんたら僕が泳げるかどうか知りたいだけで突き落としたってわけ!?」 ばしゃあ、と湯船から身を乗り出しながら叫ぶルック。 「うん」 「そうですよ」 「そ……! そんなの、口頭で訊けばいいだけだろっ」 無理もない抗議にシュウユウとタクトは顔を見合わせつつ 「ほら。ルックはこう言うと言ったでしょう」 「でもそんなの嘘言われたらそれまでだって言ったのもタクトじゃん」 「ですが僕は口に布を詰めろとまで言ってません」 「けどルックの呪文詠唱の早さは侮れないって言ったのもお前だろってか僕に罪をなすりつけようとすんなよバカ」 「そんなことは」 「……もういい。黙れ馬鹿二人」 怒りを通り越して、呆れたのか。 ぐったりと、もう何もかも厭になりましたと言わんばかりに脱力したルックが投げ遣りに不毛な会話を止める。 「あっ」 「ルックー?」 「……僕はもうあがるよ……せめて今日はもう付き纏わないでくれることを願うよ……」 いつもならば更に怒って魔法の一つでも唱える所なのだし、事実シュウユウもタクトもその心算だったりのだが。 予想に反してうんざりしきった顔で宣言した通り、黙って湯船から出る。 「あー、ルック、ちゃんと温まらないと、風邪ひくよってーおーい」 どこか戸惑ったようなシュウユウの呼びかけに一切反応することなく出て行ったルックを見送って 「えー。と、やりすぎた?」 困ったような顔でシュウユウが尋ねると、同じ様に珍しく眉根を寄せ、顔を顰めたタクトが 「みたいですが……意外というか、今日は機嫌が悪かった……風には見えなかったし」 「だよなー。普通だったよなー。何? 何か変なことあった?」 「さあ……ともかくこれは」 そういえば今回は風のつっこみも威力が強かったな、などと思いながら考え込むように額に手を当てていたタクトは溜息をつき、とりあえず確実と思われる事を言った。 「謝らないといけませんね」 「……だねー」 「……何、何の用」 とりあえず今すぐ追うのは止した方が無難だろう、と判断した二人は晩御飯に誘いながら謝罪することにして、そろそろかという時間に石版前に来たのだが。 ルックの瞳が、いつも以上に冷たい。 「あー」 意味の無い音を発しながら困ったようにとりあえず笑いかけてみるシュウユウ。 ちなみに湯船からあがり、脱衣所に着いてみると、自然乾燥では到底無理なほど完璧に乾いていた服に、余計に怖くなったりなんだか申し訳なくなったりもしたのだが。 「ルック、先ほどは悪戯けが過ぎました、反省しています」 しまりのない顔のまま、次の言葉が出ないシュウユウに代わり、先に謝辞を述べ、軽く頭を下げるタクト。 「……」 黙ったまま、真っ直ぐ二人を見るルック。 「ええと、そう。ちょっとやりすぎったって言うか。ごめんな」 タクトに続き頭を下げるシュウユウ。 広間の中央で、並んで頭を下げる軍主と英雄。 今は夕食を求め、色々人通りが多い時間帯で、その相手もまた普段は二人に引っ張りまわされている毒舌魔法使いとあれば、目を惹かないわけがない。 その滅多に見られない、というか有り得ない光景に、ざわめきと共に視線が集まるのを一人顔を上げているルックは苦々しく認識しながら、こいつらこれも計画してやっているんじゃないだろうな、と邪推でしかない、しかし今までの経験を思えば無理も無い憶測をしながら口を開く。 「……一応、言いたいことは分かったよ。見苦しい。頭あげれば?」 言われ、素直に頭の位置を戻す二人。 「うん、ありがとう」 「それで、お詫びに夕食奢らせてくれたらな、とシュウユウと話していたのですが」 先ほどの台詞だけでは微妙だが、これで付いて来てくれれば謝罪は受け入れられた、と言うこと。 二人が内心固唾を呑んで返事を待っていると 「………………仕方ないね」 どうやら許してくれるようだ。 ほっとした顔でシュウユウが意図不明の首肯をする。 「良かったーこれで馬鹿じゃないの? とか言われたらどうしようかと思ったー」 緊張のとれた笑顔で、ルックの腕に自分の腕を絡める。 「ちょ、調子に乗るんじゃないよ。放しなよね」 即座に顔をしかめて腕を振り解こうするルックの自由な方の腕に、いつの間にか隣に回りこんでいたタクトがやはり自らの腕を絡めながら 「じゃあ行こうか」 ぐい、と引きながら歩き出す。 「ま、あんたも何やってんのさ!」 両腕をとられ、まるで連行される罪人のようになりながらルックが叫ぶ。 両雄低頭イベントが終わり、すっかりいつもの光景に戻ったのをきっかけに見物人が減ったのも、当然救いにはならない。 「えっと、ハイ・ヨーさんのレストランでいいですか?」 「ちゃんとメニューにオムライス入れておいたから!」 「いいから放せ阿呆二人!」 ずるずる。 ルックの講義も虚しく、あっさり引きづられていく。 「自分で歩くって言ってるのが分からないわけ?」 「喧嘩した後ほどスキンシップが大切なんだよ」 「ということで諦めて下さい」 「はあ!? 馬鹿じゃないの?」 「馬鹿だの阿呆だの、ルックってば子供っぽぉーい」 「あんたの頭でも分かるような表現を使ってあげてるんだよ」 「うわヒッドイ。いっとくけどなー。僕、悪口なら結構知ってるんだぞ!」 「……シュウユウ、その返し方はちょっと……」 「――いきなり水に浸されるのは嫌いなんだよ」 「……え?」 すっかりいつも通りの馬鹿話をしていたところ、ぼつり、ルックに呟かれ、会話が止まる。 「だから、次は許さないよ」 不機嫌そうな表情で告げられ、その確かな本気を感じた二人は 「はい、ごめんなさい」 「分かりました、もうしません」 「……ふん」 即座に謝られ、複雑そうに鼻をならすルック。 それを合図に再び引きづりながら歩きつつ 「てかさ、ルック水嫌いだっけ?」 「自分から入るにはいいんだよ」 「残念ですね、純粋に水嫌いなら『じゃあルックは猫ですね』とか言う展開になったのですが」 「……本気で頭沸いてんじゃないの? それか水に落ちた時に理性まで流したか」 「だったら僕を落としたのは君だから、ルックの責任ですね」 「元々はあんた達だろ、自業自得だね」 「てかルック、馬鹿とか阿呆とか言うシーンだよここは」 「知るか」 「ルッくんノリわるーい」 「その呼び方も止めろ」 「ふふふふ」 「そしていい加減に手も放してくれる」 「やれやれ。仕方ありません」 そろそろレストランに近づき、流石に拘束状態のまま入るのは厭だったのだろう。さり気無く魔力を練りながらの発言に、敏感に察知したタクトが両手を挙げて解放する。 「ちぇー」 そして、同じ様に不穏な気配に気付いたシュウユウも手を解き、ようやくルックに自由が戻る。 「全く……付き合いきれないね」 まだ捕まえられているような気のする腕を胸の前で交差するようにさすりつつ、きっちりここまで付き合っているルックが文句を言う。 「あっはっは、まあまあ、オム奢るからさ」 「誰もオムライスを注文なんて言ってないよ」 「おや? じゃあなんです?」 「……フルコースとかがいいかい?」 「よおーし、言ったな。いいよ。注文するから、ルック一人で食えよ! 食いきれよ! 量半端じゃないからな!」 「もう素直じゃないですね。素直に食べたいものを食べればいいのに」 「五月蝿いよ」 「いいな、食えよ。残したら怒るかんな。デザートにナナミアイス食べてもらうから」 「なんでお詫びで毒を盛られなきゃいけないのさ」 「って流石にそれは言いすぎだぞこら! タクトもさり気無く頷いてんじゃねえ!」 わいわいと。 レストランの喧騒に負けないくらいに賑やかな様子で席に着いた三人は。 結局、シチューを追加されたフルコースを三人で分けて食べたそうな。 ――冷たい水。羊水代わりの培養液。 いきなり水に浸かるのは、嫌いなんだ―― |