026.氷の時






 「ジーンさんて、何歳?」
 うららかな昼下がり。
 全く何も考えていないのが分かる軍主、シュウユウの何気ない一言で。
 神秘的な紋章屋の中は、凍土と化していた。



 戦闘に行くよ、と連れてこられた今回のメンバーは、タクト、ルック、ビクトール、フリック、クライブ。見事に野郎ばかりだが、だからと言って文句はない実力派揃いの面子だった。
 でもその前に紋章付けに行くぞとビクトリア城脇の商店街まで連れてこられ。
 あいも変わらず無駄に男性客がうろうろする店内を大人数&軍主効果で占拠して。
 お目当ての紋章を購入、何をどうやっているのか、この場にいない仲間に付けてくれるよう延々指示し、うふふふ、と含み笑いをしながら黙々とジーンが実行している際。
 何をどう思ったのか、ふとシュウユウが先程の言葉を口にしたのだった。

 ――何を唐突に禁忌に触れているんだこの軍主はッ!?
 
 思わず一つになる一同の思考。
 聞く前と全く変わらない表情でいるジーンとシュウユウを相手に、行動したのは二名。
   がつっ!
 「女性になんて失礼な事を訊くんですか君は」
 「……こいつは阿呆だから、気にしないでくれる……」
 どちらも密かに首筋に汗を流しながら、トランの英雄タクトと、軍主の奇行に慣れてしまったルック。
 「……ったー。馬鹿になったらどうすんだよ馬鹿ー」
 殴られた頭を押さえ、涙ぐむシュウユウ。
 「脳細胞が活性化していないようだから。刺激が必要かと思ったんだけど」
 つとめてジーンを見ないようにしながらタクト。
 尚も文句を言おうと口を開いたところで、硬直からとけた大人達が口々に
 「いーや、あれはお前が悪いぞ。本当に失礼なやつだなー」
 「全くだシュウユウ。よくない」
 「…………ああ……」
 ビクトール、フリック、そしてクライブにまで避難され、戸惑うシュウユウ。
 「え、何。どうしたの皆、え?」
 「ともかく、ホラ、ジーンに謝って」
 狼狽気味のシュウユウを促し、ジーンに向き合せるタクト。
 「え、えーと、ゴメンナサイ」
 何だか良く分からないまま、とりあえず謝るシュウユウ。
 対してジーンは口元に妖艶な笑みを敷きながら
 「うふふふふ……いいのよ……」
 そっと、白く細い指でシュウユウの頬を包むように撫でながら
   「でも……そうね、女の人には、不躾な質問ね……」
 怒りを微塵も感じさせぬ濡れた笑みで囁きながら顔を覗き込んでくる。
 「はい、ごめんなさい」
 もう一度素直に謝ると、妖絶な笑みを深くしながら
 「うふふふ……いいコね……」
 最後につぅ、と撫でてからゆったりと手を放す。
 「ところで、御用はもういいのかしら……?」
 しなやかに腰をくねらせた姿勢でジーンが尋ねる。
 骨に悪い姿勢だなーとシュウユウは思いながら、本当はまだ何人分か頼みたかったのだが、残りのメンバーが必死で目配せしているのに気付いていたので
 「あ、もーいーです。ありがとうございましたー」
 「そう……なら、またいらっしゃい……」
 「はーい」
 多分明日来るんだろうな、と思いながら店を出て行った。



 商店街に出て、一同しばし無言で歩く。
 倉庫を通り過ぎるときも無言。
 ビッキーのところまで来てもまだ無言。
 無言。
 無言。
 「えっと……テレポートじゃないんですか……?」
 「あ、ごめん。なんかそういう勝負っぽくなってた」
 目の前に来て黙りこくっている軍主におずおずと話しかけたビッキーの言葉に我に返るシュウユウ。
 勝負ってなんだ。
 やっぱり一同思ったが、今度はつっこむ者はいなかった。
 


 「でさー、結局なんだったわけ?」
 なるべく遠くに行け、というタクトの言葉を尊重して、予定を変えてトランに至る森の中。
 トンファーの一撃でトラの頭蓋骨を陥没させながらシュウユウが問う。
 「そりゃ、失礼な質問だったかもしれないけどさー、なんかそれだけの反応じゃなかったよね皆」
 「なんだったのか訊きたいのは僕の方だよ」
 棍を軽く出して、トラの喉笛を突き破りながらタクトが答える。
 「一体、何で急にあんなこと言ったのかな?」
 「なんでってー。ふと思ったから」
 自分のノルマは果たしたと、一歩下がりながらシュウユウ。他になんの理由がある、といいたげな表情だ。
 「あー、そーいやお前は知らないんだよなー」
 フリックと協力攻撃をしながらビクトールが言う。
 「何を?」
 「禁句なんだよ、ジーンさんの素性とか年齢とかその辺一切」
 苦笑したようにフリックが言う。その顔は青いが。
 「ジーンはあの通りだからね。三年前も、彼女に熱を上げる兵士達がいたんだけど」
 同じく脇に下がりながらタクトが説明し出す。
 「中には変質的なのもいてね。彼女のこと詳しく調べようとした奴がいたんだ」
 「そして、そいつはみるも無残な姿で故郷へ帰ることになった」
 言葉を繋いだのは、最初から組んだ腕を解きもせず傍観しているルック。
 「ふーん。でもそれって、別のファンとかの仕業じゃー」
 「かもしれないけど。とにかく、それからはジーンを詮索するのはご法度、という風潮になったんだよ」
 「……ああ……」
 ぱぁんっ、と最後のトラを仕留めながらクライブが頷く。
 「へー。だから皆変だったんだ」
 ひとまず納得した様子のシュウユウ。
 「ああ、そういうこった。それにホラ、紋章師の美女なら、秘密めいた方が余計なんか色っぽい感じがしないか?」
 笑いながら剣を鞘にしまうビクトール。フリックもそれに笑いながら「だよな」と同意している。
 「まあ、あの辺の意見は僕はどうでもいいんだけどね。とにかく、そういうことなんですよ」
 肩を竦めながら言外にだからこれ以上詮索は止せ、と言ってくるタクトに
 「うん、分かった」
 シュウユウは晴れやかな顔で頷いた。



 「……おー、起きてたかパーフェクトな探偵」
 「…………し、仕事の依頼かい?」
 「に決まってんだろ。一回も間違えた事のない探偵」
 「…………内容は」
 「えへへ。今回は素性調査。相手は……」



 素性調査を命じた一時間後、シュウユウは初めてジーンからの目安箱の手紙を受け取る。
 今回の失敗ばかりは、シュウユウも咎めなかったとか。  










  *幻水部屋へ*